…高野聖は中世にあっては聖の代表のようにみられた。平安時代中期以後,高野山には隠遁して往生を期すものが増え,のち学侶・行人と対抗するにいたり,聖方(ひじりかた)といわれて高野山三方(さんかた)の一つとなった。高野聖は諸国を回り高野山信仰を広めたが,しだいに世俗的活動を行い,江戸時代には呉服を背負って行商に従事した。…
※「聖方」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...