聞得大君御殿跡(読み)ちふいじんうどうんあと

日本歴史地名大系 「聞得大君御殿跡」の解説

聞得大君御殿跡
ちふいじんうどうんあと

[現在地名]那覇市首里汀良町二丁目

王府時代の最高神女である聞得大君の神殿ならびに住居殿。跡地は現在の首里中学校運動場周辺にあたる。チフィジンウドゥンとよぶ。国母宮とも称した。聞得大君は第二尚氏王統以後、地方の間切・島のノロ、大阿母、今帰仁阿応理屋恵、久米島の君南風を統括する三平等の大あむしられおよび三十三君を束ね、王府全体の神女組織の頂点にいた。

尚円王の王女月清が任命されて以来王女・王妃・王母などがその職に就いた。必ずしも未婚者に限らなかったようである。弘治一四年(一五〇一)建立の玉殿碑文には「きこゑ大きミのあんしおとちとのもいかね」とあり、嘉靖元年(一五二二)建立の真珠湊碑(県立博物館蔵)、同二五年建立の添継御門の南の碑文にも聞得大君のミセセルが刻されている。「球陽」尚真王三三年(一五〇九)条の金銀簪の制度を定めた記事に、聞得大君および王后は黄金竜花大簪を使用することとある。現在聞得大君の簪と伝承する黄金竜花の大簪が県立博物館に所蔵されている(県指定文化財)。この簪は沖縄戦後米国に流出していたが一九五三年(昭和二八年)に返還されたもので、頭・頭蓋・竿部分に「天」の字が刻されている。「球陽」尚貞王九年(一六七七)条では聞得大君への任職は王后に限定するとされている。これは王妃を聞得大君に任じると国王寵愛から王妃一族が知行を集中して拝受する恐れがあるため、摂政・三司官が朝議し国王に題請して決まったことであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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