職仁親王妃淳子(読み)よりひとしんのうひ あつこ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「職仁親王妃淳子」の解説

職仁親王妃淳子 よりひとしんのうひ-あつこ

1713-1774 江戸時代中期の皇族
正徳(しょうとく)3年6月3日生まれ。父は二条吉忠。母は前田綱紀(つなのり)の娘利子。享保(きょうほう)12年職仁親王と結婚。音仁(おとひと)親王,叡仁(えいにん)入道親王を生む。明和6年職仁親王の死去を機に剃髪,法号を光台院とした。和歌,書にすぐれた。安永3年8月14日死去。62歳。幼称は辰姫(ときひめ)。

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367日誕生日大事典 「職仁親王妃淳子」の解説

職仁親王妃淳子 (よりひとしんのうひあつこ)

生年月日:1713年6月3日
江戸時代中期の女性。左大臣二条吉忠の第1女
1774年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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