肝包虫症(読み)かんほうちゅうしょう

六訂版 家庭医学大全科 「肝包虫症」の解説

肝包虫症
かんほうちゅうしょう
Hydatid disease of the liver
(肝臓・胆嚢・膵臓の病気)

どんな病気か

 包虫症は、エキノコックス属の条虫(じょうちゅう)幼虫である包虫が感染して生じる疾患で、肝、肺、骨髄(こつずい)などに包虫が寄生する疾患を総称します。単包虫症と多包虫症とがあり、前者は単包条虫、後者は多包条虫の感染により起こります。

 肝臓の感染では、嚢胞(のうほう)の形成を主病変とします(図15)。単包虫症は大きな嚢胞を形成するのが特徴で、時に破裂します。多包虫症は、包虫が外に増殖し、蜂巣状構造を形成します。他の臓器にも転移し、悪性腫瘍に類似しています。

 多包虫症は北半球の寒冷地に広く分布し、日本では北海道にみられます。一方、単包虫症は日本では極めてまれです。

原因は何か

 成虫終宿主(しゅうしゅくしゅ)であるキツネ、イヌなどに寄生し、虫卵はそれらの糞便に排泄されます。ヒトへの感染は、虫卵に汚染された水、食べ物、ほこりなどを口から摂取することによって起こります。中間宿主であるヒトの十二指腸内で幼虫となり、腸管から門脈に侵入し、肝に定着し、嚢胞を形成するのです。

 嚢胞の内部には多くの頭節が生じ、無数の包虫が生じます。幼虫は肝臓に入ると2~3カ月で、外側にキチン膜をもつ嚢胞を形成します。嚢胞の大きさは、10~20㎝にも達し、肝臓は腫大(はれて大きくなること)、変形してしまいます。

症状の現れ方

 嚢胞の発育は緩やかです。臨床症状の発現に数十年を要し、経過は長期に及びます。上腹部牽引痛(けんいんつう)(引っぱられるような痛み)や膨満感(ぼうまんかん)などの腹部症状が現れ、肝臓は腫大します。嚢胞のある部位に平滑な隆起を触れ、圧痛があります。進行すると黄疸(おうだん)脾腫(ひしゅ)腹水がみられ肝不全となります。また、嚢胞の破裂によって腹腔内に包虫の播種(はしゅ)(ばらまかれること)が生じると重症になります。

 合併症としては、嚢胞内液が血中に流出し、アレルギー症状やアナフィラキシーショックがみられることがあります。

検査と診断

 問診、腹部の触診、血清診断、画像診断などが行われます。血清診断にはELISA法とウエスタンブロット法と呼ばれる2つの検査方法があり、流行地域の集団検診スクリーニングにも用いられています。

 腹部X線検査に加え、超音波やCTの併用によって、より正確に診断されます。腹腔鏡による肝表面の観察と、肝生検による嚢胞壁の確認によって診断は確定します。ただし、嚢胞の穿刺(せんし)吸引は、内容液の漏出によるアナフィラキシーショックや腹腔内播種を起こす危険があります。

治療の方法

 外科的切除による多包虫の摘出が基本です。包虫駆除薬アルベンダゾールの投与など内科的治療も併用されています。早期診断された患者さんの治癒率は高くなっています。

鹿毛 政義


出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

内科学 第10版 「肝包虫症」の解説

肝包虫症(寄生虫による肝疾患)

定義・概念・病因・疫学
 エキノコックス属条虫の幼虫(包虫)に起因する疾患で,ヒトには,成虫に感染しているキツネ,イヌ(終宿主)などの糞便内の虫卵を経口摂取して感染する.また,虫卵に汚染されている井戸水や河川水からの感染も起こり得る.ヒトに感染すると腸管内で幼虫となり,小腸壁に侵入し門脈血やリンパ流に乗って肝に到達し寄生した後,肝に囊包を形成する.原因寄生虫種により多包性エキノコックス症(多包条虫)と単包性エキノコックス症(単包条虫)がある.近年多発している,多包性エキノコックス症は北海道に定住する感染動物からの感染と思われるが,単包性エキノコックス症は1881年に熊本で最初の症例が報告されて以来,現在までの数十例の報告例の1/3は国外での感染が示唆されているとともに,国内感染は九州,四国,近畿などの西日本であった.
 1999年4月より感染症法で四類感染症に指定され,全例届出が義務づけられた.その報告では,感染域は北海道東部から全域へと伝搬域が拡大し,近年では年間20例以上の多包性エキノコックス症と数例の単包性エキノコックス症が報告されている(www.iph.pref.hokkaido/kansen/402/data.html).
臨床症状・診断
 感染初期(約10年以内)は,無症状で経過することが多い.多包性エキノコックス症では,98%が肝に一次的に病巣(囊包)を形成する.肝に生着した微小囊包は外生出芽によりサボテン状の連続した充実性腫瘤を形成し,進行すると肝腫大により腹痛,肝機能障害,黄疸などが現れる.さらに進行して胆道,脈管などに浸潤すると,閉塞性黄疸や病巣感染を起こして重篤になる.肝肺瘻となると胆汁喀出,咳が認められ,病巣が脳に拡大すれば意識障害や痙攣発作などを呈するようになる.肝の多包性エキノコックス症は超音波検査(図9-14-2A),CT検査(図9-14-2B,C),MRI検査(図9-14-2D)による画像診断が診断のきっかけになる.図9-14-2に示すように,石灰化を伴う多房性の腫瘤性病変が診断された場合に,疾患の地域性も含めて,免疫血清学的検査(ELISA法,ウェスタンブロット法など)により陽性となったとき,本症と診断される.確定的な診断は,手術材料から包虫を検出することによる.
治療
 外科的切除が唯一の根治的治療法であり,切除できる症例の予後は良好であるが,進行病巣の完全切除は困難なことがある.切除不能例にはアルベンダゾール10~15 mg/kg,分3,28日投与,14日休薬で経口投与するが効果は十分ではない.したがって,感染予防が大切である.[田中正俊]
■文献
前田健一,下松谷匠,他:肝吸虫症に合併した胆管癌の1例.日臨外会誌,70: 1481-1485, 2009.
中島 収,渡辺次郎,他:肝の凝固壊死を呈する肉芽性結節に関する臨床病理学的研究.肝臓,35: 527-535, 1997.
佐藤 公,他:日本住血吸虫症合併肝細胞癌におけるHCV抗体の検討.Clinical Parasitology, 2: 71-72, 1991.

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