肺音(読み)はいおん(英語表記)lung sounds

改訂新版 世界大百科事典 「肺音」の意味・わかりやすい解説

肺音 (はいおん)
lung sounds

肺や気管支が呼吸運動につれて発生する音。医師はその音を聴診器を使って胸壁上で聴き,呼吸器疾患の診断に役立てる。肺音には健康人にも聞かれる呼吸音breath soundsと,疾患の際にだけ発生するラッセル音とがある。

 呼吸音は,ホワイトノイズ(FM放送のダイヤルが局間にあるときに聞かれるシャーシャーいう音)に似た雑音である。気管や太い気管支の近くで聞かれる呼吸音は,気管支呼吸音bronchial breath soundsと呼ばれ,胸壁のその他の部位で聞かれるものよりも音質が高く,1000Hz辺りまで周波数成分をもっている。一方,肺の他の部位で聞かれるものの音質はより低く,周波数は400~500Hz以下であり,肺胞呼吸vesicular breath soundsと呼ばれる。呼吸音は,いずれも気管支内を流れる乱流状態の気流から発生すると考えられている。したがって,その発生部位は第6~9次気管支までの比較的太い気道の中であり,気流が層流状態となるそれより末梢では音はつくられていない。太い気管支がなんらかの原因で閉塞し,空気が流れなくなると,当然,その領域の呼吸音が低下することから,呼吸音の分布は,局所の換気機能と密接な関係がある。肺胞呼吸音の音質が低いのは,太い気道で発生した音が胸壁まで伝わる間に高い周波数がカットされるからであると考えられている。肺炎などによって肺が硬くなると伝播がよくなり,肺胞呼吸音の聞かれるべき部位で気管支呼吸音が聞こえるようになる。小児の肺胞呼吸音は成人のそれよりも高く,鋭く聞こえる。これも呼吸音の発生部位から胸壁までの距離が近いことから,同様の機序が働いていると考えられる。一方,肺気腫や気胸,胸膜腔内の胸水貯留などでは,呼吸音は胸壁に伝わりにくく,弱く小さくなる。このように呼吸音の分布や性質は,気道内の空気の流れの状態と肺の伝播の状態を反影しており,さらにラッセル音の有無や性質を加味して呼吸器疾患の診断に役立てることができる。

 最近,ME技術の進歩によって肺音を客観的に記録・計測できるようになり,種々の疾患における肺音の特徴がより明らかにされてきた。また,肺音の発生メカニズムや,呼吸器系の音の伝播に関する性質にも新たな検討が加えられつつある。また1977年には国際肺音学会も設立された。今後,新しい肺音研究の前進につれて,伝統的な肺聴診学が再び見直され,進歩することが望まれる。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

今日のキーワード

脂質異常症治療薬

血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...

脂質異常症治療薬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android