本来は聴覚に不快感をおこさせる音(音響的雑音)をさすが、この意味では「騒音」という用語が定着している。むしろ「雑音(ノイズnoise)」は、電気通信の発展・普及に伴い、希望する信号の受信の妨げとなる、電気機器に起因する雑音(電気雑音electric noise)、または自然発生的か人為的原因により電波として受信される雑音(電波雑音radio noise)を表す言葉として広く用いられている。また、さらに広く、望ましい情報の取得になんらかの妨害を与えるものをさす場合もある。たとえば、交通信号の背景にあるネオンサインや、テレビ画面に反射する外来光なども雑音と考えられるが、このような視覚的雑音の用語は定着していない。
具体的な例として、ラジオを聞いているとき、ガリガリとかサーッというような余計な音が入ることがある。また自動車などが近くを通ると、テレビの画面に無数の点が現れ、見えにくくなることがある。このような現象は、受信機や計測器の内部または外部のなんらかの原因によって、目的とする電気的信号に擾乱(じょうらん)が加わり、電圧や電流などが不規則に変動するために発生する。この妨害となる電気的擾乱を雑音とよぶ。なお、ほかの放送・通信系の信号による妨害は混信または干渉interferenceといい、一般に雑音とは区別している。
[若井 登]
雑音を発生原因から分類すると、受信機などの内部から発生する内部雑音と、外部から混入して妨害を生じる外来雑音とに大別される。
[若井 登]
代表的なものは、抵抗体や半導体から発生する雑音である。これらの雑音の発生機構は、真空管などからの雑音と共通しており、もっとも基本的なものである。抵抗体に流れる電流は、内部の伝導電子の運動によっているが、外から電圧を加えなくても、電子は不規則な熱運動をしているため、抵抗体の両端には絶えず変動する微小な電圧が発生する。これは熱雑音(ジョンソン雑音、抵抗雑音)とよばれ、その電圧の平均二乗値は絶対温度に比例し、きわめて高い周波数まで一定である。この雑音はいかなる抵抗体にも原理的に存在するが、低温にすると減らすことができる。
トランジスタや真空管に電圧を加えると、きわめて多数のキャリア(電子や正孔)が移動し、電流が流れるが、個々のキャリアの移動は独立かつ不規則に発生するため、全体として電流にゆらぎが生じる。これを散弾雑音(ショット雑音、散射雑音)といい、その大きさは平均電流に依存し、キャリアの走行時間が無視できる程度の周波数領域まで一定である。また、数十キロヘルツ以下の低周波領域で問題となる真空管雑音にフリッカー雑音がある。これは、陰極の表面状態がゆっくり変化し、電子放射能力が変動するために生じると考えられる。その大きさは平均電流に依存し、ほぼ周波数に逆比例して低周波領域で著しい。
周波数が高くなって光の領域になると、光の粒子性に起因する雑音(量子雑音)が熱雑音よりも顕著になる。またこの雑音は極低温においても問題となる。
[若井 登]
外来雑音を発生原因によって分類すると、自然現象に伴って生じる自然雑音と、さまざまな電気機器、送電線、自動車などから発生する人工雑音とに大別される。
[若井 登]
自然雑音のなかの大気雑音には、大気中の雷放電から発生する雑音(空電)、水滴、砂粒、雪粒などの電荷が付着または蓄積して発生する雑音(沈積雑音)がある。なかでも空電がもっとも強く、長波標準電波、中波放送波、短波放送や短波通信波などの電離層伝搬波の受信に影響を与える。空電の成分は、遠雷によるもの(熱帯地方で発生し電離層を介して到来する連続性の雑音)と、近雷によるもの(近くの雷による衝撃性成分を含んだ雑音)とで成り立っている。太陽から放射される太陽雑音や、銀河系の天体から放射される銀河雑音は宇宙雑音とよばれているが、これらは宇宙通信や電波天文の観測に影響を及ぼしている。また大気や大地などによる熱雑音も、宇宙雑音が小さくなる数百メガヘルツ以上の周波数帯で問題になる。以下は自然雑音の種類をまとめたものである。
(1)大気雑音(空電雑音、大気熱雑音、火山の噴煙、沈積雑音)
(2)磁気圏雑音(ヒス・ドーンコーラス、ホイスラー空電。ヒスとドーンコーラスは磁気圏内の荷電粒子が磁力線と相互作用することにより発生する可聴周波の雑音電波( )。ホイスラー空電は、雷放電の際発生し地球の磁力線に沿って反対半球まで伝搬する可聴周波の電波( ))
(3)惑星雑音(惑星上の雷活動、木星電波)
(4)太陽雑音(太陽面全面および特定の活動領域)
(5)宇宙雑音(銀河電波、電波星からの電波)
[若井 登]
人工雑音は、家庭用電気機器、自動車、電車、送電線など、電気を利用するすべての機器、設備類から発生していると考えられる。数十メガヘルツ以下の周波数帯ではとくに送電線雑音が、またそれ以上の周波数帯では自動車雑音がおもな雑音源である。しかし、雑音源の種類、大きさ、数、場所、時間などはきわめて多様であり局地性があるため、人工雑音について一般的傾向を示すことは困難である。以下は人工雑音の種類をまとめたものである。
(1)火花放電雑音(自動車などの点火系、サーモスタット=熱電対型温度調節器、リレー=継電器)
(2)放電・摺動(しゅうどう)(擦れ動く)雑音(電車、モーター、電気ドリル)
(3)グロー放電(蛍光灯、ネオン広告、高圧水銀灯)
(4)コロナ放電(送電線、送電線用碍子(がいし))
(5)持続振動(電子レンジ、高周波加熱装置・医用設備、送受信機の不要放射)
(6)電子回路雑音(パソコン、インバーター、サイリスタ調光器)
[若井 登]
雑音を波形から分類すると、衝撃性雑音と連続性雑音とに分けることができる。前者は、近距離の雷による雑音や、自動車雑音などの人工雑音にみられるもので、継続時間の短いパルスによっている。後者は、熱雑音や散弾雑音のように、雑音波形が連続的なものをさす。しかし、この分類はあまり明確でなく、受信機の帯域幅やパルス発生頻度に依存する。
雑音を周期性、非周期性に区別することもある。内部雑音のように波形が不規則に変化するものは非周期性雑音で、電源の誘導によるハム雑音や、自動車雑音、送電線雑音などは周期性雑音とみなすことができる。さらに雑音のスペクトルによっても分類できる。熱雑音や散弾雑音、また自動車雑音のように、受信機の帯域幅内でスペクトルが一様とみなせるものを白色雑音とよび、そうでないものは色付き雑音とよぶこともある。
[若井 登]
雑音波形は不規則かつ複雑で、その大きさを一義的に表すのは困難であるが、一般には次のような測定量が使われている。実効値は、雑音振幅のある時間にわたる二乗平均値の平方根で、この値は雑音の平均電力に関連した量である。尖頭(せんとう)値は、雑音振幅のある時間内の最大値である。準尖頭値は、特定の検波回路によって測定される尖頭値に近い値である。さらに平均値による表示や、雑音波形の振幅分布関数による表現などがある。なお多くの場合、これらの値は測定器の帯域幅に依存する。
増幅器などの電気回路の内部雑音は、電力に関連した値(実効値など)によって表示されることが多い。さらに増幅器の感度などは内部雑音によって制限されるため、内部雑音の大きさを間接的に示す雑音指数によって、その増幅器の性能を表している。雑音指数は、入力側の信号対雑音比(SN比)を出力側の信号対雑音比で除した値で、回路に内部雑音がなければ1(0デシベル)である。たとえばVHF帯テレビ受信機では5~7デシベル程度である。
自然雑音は一般にアンテナによって受信されるが、無損失アンテナに受信される雑音電力と等価な熱雑音を発生する抵抗体の温度(等価雑音温度)によって、自然雑音の強度が表示される。また、この等価雑音温度を基準温度で除した外来雑音指数によっても表される。
家庭用電気機器、受信機、自動車、送配電線、電車などから発生する人工雑音の強度は、一般に準尖頭値によって表される。この準尖頭値は測定器の特性に大きく依存するため、国際無線障害特別委員会(CISPR)で測定器の規格を国際的に定めている。なお日本には、これに基づいた旧郵政省電波技術審議会答申規格がある(同審議会は2001年1月総務省の情報通信審議会に引き継がれた)。各種機器・設備からの雑音に関する具体的な測定法および許容値も、CISPRや国内関連規則によって定められている。なお、発生する雑音が電波雑音であれば電界強度を測定し、電源線などを伝わる伝導性雑音であれば電圧・電流を測定する。
[若井 登]
雑音発生防止の対策としては、雑音の発生を根源から減らし、遮蔽(しゃへい)を十分にし、電源線などに阻止用フィルターを入れる必要がある。他方、受信機などに外来雑音が混入するのを防ぐには、雑音源を遠ざけ、遮蔽や電源フィルターを使用し、受信機入力端の通過帯域幅を必要最小限にするが、さらに雑音抑圧回路を使用することもある。なお、周波数変調方式など雑音に強い情報伝送方式を採用することもたいせつである。
[若井 登]
『A・ファン・デア・ツィール著、平野信夫訳『雑音――源、特性、測定』(1973・東京電機大学出版局)』▽『F・R・コナー著、広田修訳『ノイズ入門』(1985・森北出版)』▽『岡村廸夫著『電磁ノイズのはなし』(1991・日刊工業新聞社)』▽『早川正士著『宇宙からの交響楽――超高層プラズマ波動』(1993・コロナ社)』▽『島山鶴雄著『電子機器の妨害ノイズ ノイズの発生原理、機構、防止技術、フィルター』(1996・無線技術普及会)』▽『伊藤健一著『ノイズと電源のはなし』(1996・日刊工業新聞社)』▽『日本大気電気学会編『大気電気学概論』(2003・コロナ社)』
ノイズともいう。必要な信号波に混入して,その正常な受信または処理を妨げる好ましくないじょう乱波のことをいう。音の中に含まれているじょう乱成分の呼名から生じたものであるが,現在では音に限らず,広く一般に電気信号やテレビ画面中に含まれるじょう乱成分も雑音と呼ぶ。目的とする信号量をS,雑音量をNとして,S/Nを信号雑音比またはSN比という。熱雑音や不確定性原理によって生ずる量子雑音は,原理的に避けることができず,信号の検出の感度に原理的限界を与える。
雑音は,ラジオ受信機などの無線機や音響機器などではその発生原因により,雑音を内部雑音と外部雑音に分けている。受信機などの内部で発生するものが内部雑音で,抵抗体の発生する熱雑音,トランジスターなどの発生するショット雑音,過剰雑音,フリッカー雑音,真空管の発生するマイクロホニック雑音などがこの代表的なものである。熱雑音は,ジョンソン雑音ともいい,電子の熱によるじょう乱によって生ずる雑音で,温度に比例して強くなる。ショット雑音は散弾雑音ともいい,半導体の接合部を通過するキャリアや,電子管の陰極から放出される電子のランダムなふるまいによって発生するもので,熱雑音と同様広い周波数範囲にわたって一定のエネルギースペクトルをもっている。過剰雑音は半導体などに電流を流すことにより,増加する雑音成分をいう。フリッカー雑音は,導電率のゆらぎによって生ずる雑音で,周波数は数kHz以下と低い。雑音電力は周波数に逆比例して大きくなる。マイクロホニック雑音は,電子管内の要素の振動によって生ずる電子流のみだれを原因として発生するものである。
外部雑音は外部から混入する雑音で,雷放電に基づく空電,宇宙から生じている宇宙雑音,太陽から生じている太陽雑音,送電線のコロナから生じているコロナ雑音,自動車の点火栓雑音などが代表的なもので,これらはいずれも電波の形で主としてアンテナから受信機に入り,受信信号に妨害を与える。雑音はまたその原因が自然界に起因するか,人間の社会活動に起因するかによって自然雑音と人工雑音に区分することも行われる。雑音はその時間波形に注目してインパルス雑音,あるいは定常雑音などと分類されることもある。またあらゆる周波数成分を一様に含むものを白色雑音(ホワイトノイズwhite noise)という。雑音の理論は大きな理論分野を形成している。とくに第2次世界大戦中にN.ウィーナーは,レーダー信号の処理に従事している間に,雑音理論の重要性に気づき,定常雑音中の信号の予測とろ波の理論を確立した。ウィーナーの理論は,その後通信工学,制御工学などに大きな影響を与え,情報理論の発展に大きく寄与している。
執筆者:宮川 洋
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…信号と雑音の比。一般に電気信号には希望する信号以外に不要な成分(雑音)が混入する。…
※「雑音」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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