脇本浦(読み)わきもとうら

日本歴史地名大系 「脇本浦」の解説

脇本浦
わきもとうら

[現在地名]阿久根市脇本

西目(にしめ)村の南西部に位置した浦。浦は西の番所(ばんどこい)ノ鼻、東の愛宕(あたごん)鼻を湾口として北へ深く入り込み、中ほどで東西に分れて北東の湾奥を瀬野(せの)浦、北西の湾奥を槝之(かしの)浦といったが、瀬野浦は天和(一六八一―八四)頃に、槝之浦は寛政一二年(一八〇〇)にそれぞれ干拓され、浦の大半が陸地となった(鹿児島県維新前土木史)。湾の中央部には寺(てら)島が浮び、天然の防波堤の役割を果していた。この寺島は明治の政治家寺島宗則が旧姓の松木から改名する際に所縁となった島という。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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