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脇田和 わきた かず

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

脇田和 わきた-かず

1908-2005 昭和-平成時代の洋画家。
明治41年6月7日生まれ。光風会展,帝展に出品。昭和10年第二部会展で「ピクニック」が特選。11年新制作派協会の結成に参加。31年「あらそい」などで毎日美術賞。43年東京芸大教授。鳥や子どもをモチーフにした叙情あふれる画風で知られた。平成10年文化功労者。平成17年11月27日死去。97歳。東京出身。ベルリン国立美術学校卒。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

脇田和
わきたかず
(1908―2005)

洋画家。東京生まれ。1923年(大正12)ドイツに渡り、30年(昭和5)ベルリン国立美術学校を卒業して帰国する。光風会展、帝展に出品。35年国家主導の帝展改組に反対して設立された第二部会展に出品、特選と昭和洋画奨励賞を受けるが、翌年同志と帝展を完全に離れて新制作派協会を結成。以後生涯にわたり、同会の中心として出品を続けた。55年(昭和30)日本国際美術展で最優秀賞、翌年第7回毎日美術賞と第1回グッゲンハイム国際美術展国内賞を受ける。ベネチアサン・パウロビエンナーレ展ほか海外展に出品、しばしば外遊する。東京芸術大学教授として後進を指導。また版画やコラージュの分野でも活躍。86年4~8月、脇田和展が神奈川と群馬の県立近代美術館で開催される。また91年(平成3)には長野県軽井沢(かるいざわ)町に脇田美術館が開館した。同年勲四等旭日小綬章(きょくじつしょうじゅしょう)受章。身近で親しいモチーフがよく馴化(じゅんか)された脇田絵画は、比類なく豊潤な交響詩的パラダイスを思わせる。98年文化功労者となった。[小倉忠夫・柳沢秀行]
『『脇田和』(1954・美術出版社) ▽『画集脇田和1960―1974』(1974・求龍社) ▽『鳥』(1975・平凡社) ▽『脇田和版画作品集』(1976・美術出版社) ▽『脇田和素描集』(1982・朝日新聞社) ▽『脇田和作品集』(1984・美術出版社) ▽神奈川県立近代美術館・群馬県立近代美術館編・刊『脇田和展1986年』(1986)』

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