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神奈川県立近代美術館 かながわけんりつきんだいびじゅつかん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

神奈川県立近代美術館
かながわけんりつきんだいびじゅつかん

鎌倉市雪ノ下にある日本最初の公立近代美術館。 1951年 11月開館。企画性に重点をおく,美術史的観点や美術批評的視点から問題提起する展示を継続的に行なっている。収集品は,日本の近代から現代にいたるまでの絵画 (洋画約 600点,日本画約 140点,水彩画など約 1100点) ,彫刻約 220点をはじめ,国際的な版画の収集も膨大で,版画約 2600点,その他工芸などを含め収蔵作品総数約 4700点に上る。

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デジタル大辞泉の解説

かながわけんりつ‐きんだいびじゅつかん〔かながはケンリツキンダイビジユツクワン〕【神奈川県立近代美術館】

神奈川県にある美術館。鎌倉市にある鎌倉館・鎌倉別館と、三浦郡葉山町にある葉山館からなる。日本初の公立近代美術館として、昭和26年(1951)に開館。日本および世界の近・現代美術作品を展示している。

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百科事典マイペディアの解説

神奈川県立近代美術館【かながわけんりつきんだいびじゅつかん】

鎌倉市雪ノ下,鶴岡八幡宮の境内にある美術館。1951年開館。建物は坂倉準三の設計。近現代美術を新しい視点でとらえた企画展観が特徴。主な所蔵品に高橋由一江の島図》,黒田清輝《逗子五景》,古賀春江《窓外の化粧》などがある。
→関連項目鎌倉[市]葉山[町]

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日本の美術館・博物館INDEXの解説

かながわけんりつきんだいびじゅつかん 【神奈川県立近代美術館】

神奈川県鎌倉市および葉山町にある美術館。昭和26年(1951)創立。国内外の近代美術作品を収蔵・展示する。鎌倉館、鎌倉別館、葉山館からなる。鎌倉館の設計は坂倉準三
URL:http://www.moma.pref.kanagawa.jp/
住所:〒248-0005 神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-53 鎌倉別館:神奈川県鎌倉市雪ノ下2-8-1 葉山館:神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1
電話:0467-22-5000

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

神奈川県立近代美術館
かながわけんりつきんだいびじゅつかん

神奈川県鎌倉市の鶴岡八幡宮境内にある日本最初の近代美術館。1951年(昭和26)開館した。1980年ごろまでは、「鎌倉近代美術館」の名称も公式に用いており、その後も欧文表記では「Museum of Modern Art, Kamakura」とする。初代の副館長、2代目館長に土方定一(ひじかたていいち)が就き、開館から約30年間にわたって美術館の土台を築いた。建物は、坂倉準三、前川国男、吉村順三、谷口吉郎、山下寿郎(1888―1983)の5名による設計競技で坂倉が選ばれ、設計した。1999年(平成11)、近代建築の調査、評価、保存を目的とする国際組織DOCOMOMO(Documentation and Conservation of buildigs, sites and neighborhoods of the Modern Movement)によって日本の「近代建築20選」に選ばれるなど、建築としての評価も高い。1966年坂倉の設計によるガラスばりの新館が増築されている。また、1984年大高正人(1923―2010)設計による別館が、2003年に神奈川県三浦郡葉山町に新館が開館した。2016年には本館敷地の賃貸契約が鶴岡八幡宮との間で終了することになっており、その後の建物の存続が論議されている。
 「セザンヌ、ルノアール」展で開館した後、年間約10本という企画展を中心とする運営を行った。土方が全国美術館会議の生みの親であったこともあり、この運営方式は「鎌近方式」と呼ばれ、全国の公立美術館に広がった。開館以来「近代日本洋画の150年」展など日本における近代美術の位置づけに重点が置かれていたが、1969年の「パウル・クレー」展以降、世界の近現代美術の紹介にも力が入れられるようになった。新聞社との共催で海外で企画された大型展を巡回させる独特の運営形式も、この「クレー」展、翌1970年の「エドワルド・ムンク」展などから全国に定着し始めた。
 また、「クレー」展のカタログは、191点の全作品図版を掲載し、論考、年譜、文献などを備えた、日本で初めての本格的なカタログであり、その後の展覧会カタログの形式に影響を与えた。
 当初はコレクションをもたない美術館としてスタートしたが、古賀春江、松本竣介の作品など約8000点の作品を収蔵する。その中には、魯迅(ろじん)とともに中国で木版画の普及に尽力した内山嘉吉(かきつ)(1900―84)の寄贈による500点を超える現代中国版画のコレクションも含まれる。[鷲田めるろ]

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世界大百科事典内の神奈川県立近代美術館の言及

【近代建築】より

…第4に,前衛的建築家は近代後(ポスト・モダン)を模索し始めるが,近代初期のような連帯感は失われており,それぞれが個別に理想と方法を追求した。戦後60年代までの代表的な建築として,神奈川県立近代美術館(1951,坂倉準三),リーダーズ・ダイジェスト東京支社(1951,レーモンド),香川県庁舎(1958,高松,丹下健三),東京文化会館(1961,前川国男),国立屋内総合競技場(1964,丹下健三),国立京都国際会館(1966,大谷幸夫),霞が関ビル(1968,山下寿郎設計事務所)などが挙げられよう。
[日本的伝統と近代建築]
 ヨーロッパにおける近代建築は,19世紀までの伝統の継承の上に展開したのではなく,むしろそれからの意識的な断絶を標榜しつつ成立した。…

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