日本歴史地名大系 「臼田村」の解説
臼田村
うすだむら
西方は北八ヶ岳の裾が丘陵状の山並をなして平野に迫り、東方は千曲川が北流し、その間に佐久平が北方に広がりをましていく。町の南にたつ比高約五〇メートルの
嘉暦四年(一三二九)鎌倉幕府下知状案(守矢文書)の諏訪社上社五月会・御射山頭役等結番定に「左頭佐久郡伴野庄内桜井・野沢・臼田郷丹波前司跡」とある。同年の諏訪大社上社の大宮御造栄之目録にも「玉垣一間半 臼田」とある。大徳寺文書によれば、元弘三年(一三三三)後醍醐天皇は佐久郡
臼田村
うすだむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報