船山城跡(読み)ふなやまじようあと

日本歴史地名大系 「船山城跡」の解説

船山城跡
ふなやまじようあと

[現在地名]中川村大字片桐 船山、下伊那郡松川町大字上片桐字城

南田島みなみたじま南端にあたり、天竜川と西から流れてくる南沢みなみさわ川によって細長く削り残された段丘上にあり、三方懸崖をなす。東は直下を天竜川が流れ、南は南沢川の段丘崖、北方は眼下に広い氾濫原が広がり、西側の段丘崖下に集落が発達している。氾濫原からの高さは七〇メートルほどで西方緩傾斜をもって段丘上に続き、城の外堀近くには御射山みさやま神社があり、近くを南のほうから田島に通ずる古道が通っている。神社の西南には臨済宗鳳雲山瑞応ずいおう寺があり、この辺りまで城域と考えられ城跡は現中川村と現下伊那郡松川まつかわ町にまたがる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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