日本歴史地名大系 「花祭村」の解説 花祭村はなまつりむら 佐賀県:多久市花祭村[現在地名]多久市南多久町(みなみたくまち)花祭、杵島郡江北町(きしまぐんこうほくまち)大字山口(やまぐち)字花祭多久邑東南部の山間集落。正保絵図に村名がみえる。「丹邱邑誌」の享保一二年(一七二七)の「邑内郷村書出」では、杵島郡横辺田(よこべた)東郷に属し、西山(にしやま)村・白木(しらき)村を含んでいるが、同書の「郷村」では各々独立した村になっている。村名のいわれについて村内の宝満(ほうまん)権現に関連して同書は「宝満権現 筑前宝満権現ヲ祀ル。即瓊々杵尊・冊二尊也。花祭村ニ在リ。石祠、天和二年建。 花祭村はなまつりむら 佐賀県:杵島郡江北町花祭村[現在地名]江北町大字山口(やまぐち)字花祭、多久(たく)市 南多久町花祭(みなみたくまちはなまつり) 田柄(たがら)両子(ふたご)山(三三八メートル)の南麓に位置し、この山を境に現多久市に接する。正保絵図に村名がみえる。両子山の舌状台地に弥生時代の遺物散布地があり、山麓の台地には土元(つちもと)古墳群がある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by