日本歴史地名大系 「葦田郷」の解説 葦田郷あしだごう 広島県:備後国葦田郡葦田郷「和名抄」高山寺本・東急本ともに「葦田」と記すが訓を欠く。「日本地理志料」は葦田郡家の所在地であるとともに備後国府の所在地とし、府中(ふちゆう)・府中市(ふちゆういち)・出口(でぐち)・土生(はぶ)・父石(ちいし)・目崎(ささき)・上山(うやま)・河面(こうも)・荒谷(あらたに)の諸村(現府中市)にあてる。「大日本地名辞書」は「今府中町、出口町及び国府村蓋是也、芦田川の北岸とす」とする。「福山市史」は、現府中市のうち府川(ふかわ)町・高木(たかぎ)町・中須(なかず)町辺りとする説のほかに、「西備名区」の府中市栗柄(くりがら)町のうちにある芦田を遺名とする説と、両者を含めた地域とする説をあげる。 葦田郷あしみたごう 三重県:伊勢国三重郡葦田郷「和名抄」東急本は「安之美多」の訓を付す。「延喜式」神名帳は「足見田(アシミタノ)神社」を載せ、「神鳳鈔」には「足見田社神田三反」がみえる。保延元年(一一三五)一〇月の寛御厨検田馬上帳(壬生文書)に「 十一(五条)葦田里六坪六反不」とある。郷域は「三国地志」は足見田神社の鎮座地から水沢(すいざわ)村(現四日市市水沢町)周辺とするが確証を欠く。条里遺構によれば、葦田里の所在地は現四日市市日永(ひなが)付近に比定される。承徳三年(一〇九九)七月二五日付民有年解案(壬生文書)、前述検田馬上帳にみえる「良田郷」は当郷の改称したものか。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by