蒲生貞秀(読み)がもう さだひで

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「蒲生貞秀」の解説

蒲生貞秀 がもう-さだひで

1444-1514 室町-戦国時代の武将,歌人
文安元年生まれ。近江(おうみ)(滋賀県)蒲生郡豪族宗祇(そうぎ),三条西実隆,飛鳥井雅親(あすかい-まさちか)らと親交があった。「新撰菟玖波(つくば)集」に5句のっている。永正(えいしょう)11年3月5日死去。71歳(一説に86歳)。本姓は和田。法名は智閑。家集に「蒲生智閑和歌集」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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