蔭谷村(読み)かげだにむら

日本歴史地名大系 「蔭谷村」の解説

蔭谷村
かげだにむら

[現在地名]相生町蔭谷

横石よこいし村の西、那賀川右岸の山間に位置し、集落は同川沿いの蔭谷北と南方の蔭谷南に分れる。村は土佐からの移住者によって開発されたと伝える。寛永(一六二四―四四)前期のものと推定される国絵図に「かけ谷村」とみえるが、正保国絵図、寛文四年(一六六四)郷村高辻帳、天保郷帳には記載がない。文化一〇年(一八一三)の高都帳によると高四五石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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