蔵良村(読み)くららむら

日本歴史地名大系 「蔵良村」の解説

蔵良村
くららむら

[現在地名]野村町蔵良

富野とみの川が宇和川に注ぐ左岸山村。東は中通川なかとおがわ村、西は平野ひらの村に接する。宇和島藩領。慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)宇和郡の項に「蔵良村 柴山、茅山有、日損所」とある。村内は本村道野々どうのの岡成おかなるの三組に分れていた。

太閤検地石高は一四三石八斗九升四合で、耕地面積の比率は田三五パーセント、畑六五パーセントであったが、寛文検地では石高は約一・六倍に増え、比率は田三二パーセント、畑六八パーセントと変化している。「墅截」による村柄は「上」、耕地は田畑とも「上」、水掛りは「中」である。鬮持制実施期の本百姓一人前の耕地は田五反、畑一町で、山畑に依存する村である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む