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藤原関雄 ふじわらの せきお

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原関雄 ふじわらの-せきお

805-853 平安時代前期の官吏。
延暦(えんりゃく)24年生まれ。北家藤原真夏の子。文章生(もんじょうしょう)の試験に合格したが,東山に閑居し,東山進士とよばれた。淳和(じゅんな)上皇の再三のもとめで出仕。従五位下,治部少輔となる。音楽,書にすぐれ,歌は「古今和歌集」に2首つたわる。仁寿(にんじゅ)3年2月14日死去。49歳。
【格言など】奥山のいはかきもみぢちりぬべしてる日の光みる時なくて(「古今和歌集」)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤原関雄

没年:仁寿3.2.14(853.3.26)
生年:延暦24(805)
平安前期を代表する文人。冬嗣の兄真夏の第5子。天長2(825)年春,文章生試に合格したが,「閑退を好み,常に東山の旧居に在りて林泉を耽愛」し出仕せず,「東山進士」と呼ばれた(『文徳実録』)。淳和上皇はその人となりに感じて再三要請し,優礼をもって近臣に迎えている。淳和から琴の秘譜を賜る一方,その求めに応じて南池院,雲林院(いずれも淳和ゆかりの離宮)の壁に文字を書いた。和歌にも秀で,この期における和歌復興の機運を盛り上げたひとり。詩歌は『経国集』『古今集』に収められる。「東山の旧居」は,「見返り阿弥陀如来」で知られる禅林寺(通称永観堂)となっている。

(瀧浪貞子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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