試験は,人間の能力・資質の評価方法の一つである。その起源は,成人としての能力の有無をためすための通過儀礼(成人式)や,習得した技能の水準を徒弟,職人,親方などの身分・資格認定の条件とする徒弟制度などに求めることもできるが,現代社会における独自の社会制度としての試験の源流は,6世紀にはじまる中国の〈科挙〉にあるとするのが,ほぼ定説になっている。中国の科挙は,世襲貴族にかわる,業績(教養)にもとづいて選ばれた支配階級としての国家官僚の選抜試験制度である。この制度は,中国では20世紀の初頭まで続いたが,17~18世紀にヨーロッパに伝えられ,そこで社会制度として急速な成長をみ,やがて他の諸地域にも広がっていった。現在では,世界のほとんどの地域の人々が,試験の時代,試験の社会を生きているといっても過言ではない。
古代中国に生まれた試験が,このように産業社会に普遍的な制度として発展をとげたのは,それが,これも産業社会の普遍的な制度である学校教育制度および資格制度と,有機的な結びつきをもつようになったためである。ヨーロッパに移植された試験は,一方では学校や大学のなかにとり入れられ,他方では官僚や専門的職業などの職業資格の賦与の方法として利用されるようになった。そして学校教育制度内部での試験の結果として与えられる学位ないし学歴が,職業資格試験の受験資格と結びつけられるようになったとき(学歴社会),試験は,人々の社会的な選抜と配分の手段として,産業社会の存続と発展に不可欠の基本的な制度の一つになったのである。
産業社会の学校教育は,小学校から大学に至る学校階梯(かいてい)と,各段階の学校内部の学年制にみられるように,著しく階層的な構造をもっているが,その基礎にあるのは,カリキュラムに象徴される,教育を通して伝達される知識の体系的で階層的な構造である。学校教育制度のなかでの進級,卒業,進学は,学習者の到達した知識の水準(学力)の評価にもとづいて行われる。試験はそうした,学力評価のもっとも客観的で公平な,また合理的な方法にほかならない。このように試験の制度の基底にあるのは,学校で伝達される知識の階統的(ハイアラーキカル)な構造と,それにもとづく学校内,学校間の階層構造である。その意味で,試験は,現代社会の学校教育制度の切りはなしがたい構成部分であるといってよい。
現代社会の試験はまた,各種の資格制度と結びつき,資格の賦与や制限の手段としても重要な役割をはたしている。医師,弁護士,教員などの専門的職業の資格認定や,行政官僚の選抜・任用のために国家の行う試験(国家試験)は,その典型例である。特定の人々だけに資格を与え,制限することを目的としたこの種の試験は,それが公共の福祉や社会的公正という点で,必要であると認知されてはじめて正統性をもちうる。この場合,試験の実施主体である国家は,社会に対して門番としての役割をはたしていることになる。こうした資格制度のための試験は,企業その他の私的な団体や組織によって行われる場合もあるが,公私いずれの場合にも重要なのは,それと学校教育制度内部での試験との関係である。現代社会では,資格試験の多くは学校の卒業資格,すなわち学歴を受験資格としたり,さらには試験免除の条件としており,これによって二つの試験制度は有機的に統合され,教育的選抜と社会的(職業的)選抜とが,一つの連続的な過程を構成することになる。現代社会の試験制度をめぐる病理や弊害の多くは,この点とかかわっており,日本の入学試験を中心とした激しい受験競争は,その際だった例として知られている。
試験はそれ自体,人間の能力を評価する一方法にすぎないが,技術のつねとして,多様な目的を達成するうえで,手段としての利用可能性をもっている。学校教育についていえば,試験は学習者の学習到達度を知り,彼らをより高度の学習へと動機づけたり,教育の方法を改善する手段として利用できる。しかし同時にそれは教育の過程や内容に対する国家統制の手段として,また学習者の高いあこがれを冷却したり,進級・進学者の数を制限し,選抜するために使用することも可能である。さらに資格試験は,資格取得者の数を制限して,すでに資格をもつ人々の特権を擁護したり,また用意された機会の数にあわせて,人々の数を統制するためだけに利用されることがありうる。こうした試験の利用方法は,実際に広く一般的にみられるところであり,それが試験に対する批判の重要な源泉となっている。
しかし,現代社会の試験制度の最大の問題点は,巨大化した試験制度の自己目的化と,そうした試験制度への教育,とくに学校教育の従属化にある。教育の成果を評価するために試験が行われるのでなく,試験の準備のために教育が行われるという,目的と手段の倒錯的な関係は,中国の科挙についても早くから知られ,問題にされてきた事実であるが,いま多くの国の学校教育制度について,同様の病理的な過程が進行し,それとともに,子どもや若者たちにとって,試験,とりわけ卒業資格試験や入学試験が,人生におけるきわめて重要な通過儀礼としての性格をおびるようになっている。すなわち彼らは試験の難関をくぐりぬけ,卒業資格や学歴を手に入れてはじめて,特定の社会集団の成員となる資格を与えられる。フランスのバカロレア,ドイツのアビトゥーア,イギリスのGCEなど,中等学校の卒業資格を取得するための試験,日本の大学入学試験などは,いずれも,かつての成人式にかわる現代的な通過儀礼といえるかもしれない。
執筆者:天野 郁夫
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(今井秀孝 独立行政法人産業技術総合研究所研究顧問 / 2008年)
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…それ以前の社会では,人々の地位は身分,家柄,財産などによりあらかじめ決められており,学歴は人々がすでに一定の地位にあることを象徴する役割を果たすにすぎなかった。ところが,18世紀から19世紀にかけて近代的な官僚制度が成立して,行政官僚の試験による任用が始まり,また医師,法曹,教育,技術者のような高度の専門的知識・技術を必要とするプロフェッションについても試験の制度がとり入れられるとともに,学歴はそれら社会的に高く評価される職業につくための基礎資格として,しだいに重要性を増していった。産業社会の学歴社会化は,このように,学歴が特定の職業的地位を獲得するための手段となったときに始まったとみることができる。…
…日本古代の律令制下に学業・技能などを試験し,その成績によって及第および官人への採否を判定すること。《令義解》の学令には,〈学者の道芸を校試するなり〉と公定注釈する。…
…文字どおりには,実際にためしてみるということであるが,この意味では〈試験test〉と変りがないものになる。事実,テストのことを〈実験〉と称することがある。…
…入学志願者の中から入学を許可すべき者を決定するために実施される試験。普通は,入学志願者の数が収容定員を超過する場合に行われる。…
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