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藤村性禅 ふじむら せいぜん

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤村性禅 ふじむら-せいぜん

1853-1911 明治時代の平曲家(平家琵琶(びわ)家)。
嘉永(かえい)6年2月22日生まれ。波多野流の奥村検校(けんぎょう)の門人。明治2年検校となる。「平家正節」を使用せず古譜をもちいたので「平家物語の平家」といわれた。門下に山口巌,津田青寛らがいる。明治44年5月23日死去。59歳。京都出身。本名は藤村繁蔵(藤邨繁三ともかく)。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

世界大百科事典内の藤村性禅の言及

【波多野流】より

…以後波多野流は京都を中心に伝承されたが,流勢はふるわなかった。明治時代に当道(とうどう)が廃止されたため,時の波多野流検校藤村性禅(1853‐1911)は収入の道を失い,按摩などをしながら津田青寛,山口巌などの盲人箏曲家や,冷泉為系,湯浅半月などのしろうと愛好家に平曲を伝えた。しかし,その伝承も第2次世界大戦後は途絶えて今日には伝わらない。…

【平曲】より

…前田流を伝えた津軽藩士の家の出である館山漸之進(ぜんのしん)(1845‐1916)はこうした平曲の衰運を嘆き,明治末年,平曲の保存と平曲家の育成に奔走し,1910年《平家音楽史》を自費出版するなど,平曲保存に力を尽くした。一方,京都に伝えられた波多野流は,最後の検校といわれた藤村性禅(しようぜん)(1853‐1911)の門下に専門家,しろうと合わせて何人かの弟子があったが,第2次世界大戦後,後継者は絶えた。
[構成と音楽的性格]
 《平家物語》は〈小督〉〈宇治川〉など200余の章段からなるが,平曲ではその章段を〈句〉とよぶ。…

※「藤村性禅」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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