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波多野流 はたのりゅう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

波多野流
はたのりゅう

平曲の流派名。江戸時代,京都の平曲において,波多野孝一検校 (?~1651) を祖とする伝承をいう。波多野検校は,詞章流布本によって,八坂流の曲節も取入れて新しい平曲の伝承を起し,これより波多野流とされた。門下の岸部検校以下,岸並,権田,寺内,奥村の各検校の間に伝承され,奥村から藤村性禅検校 (1853~1911) へと伝承されたが,現在は廃絶している。

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デジタル大辞泉の解説

はたの‐りゅう〔‐リウ〕【波多野流】

平曲の流派の一。寛永(1624~1644)のころ、波多野検校(けんぎょう)が創始。江戸の前田流に対して、主に京都で行われたが、現在は廃滅

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世界大百科事典 第2版の解説

はたのりゅう【波多野流】

平曲の流派名。流祖一方流(いちかたりゆう)師道派波多野検校。江戸時代初期に各種あった平曲伝本を,一方流平曲の大成者である明石覚一(?‐1371)の詞章に戻す動きが起こり,師道派の山中久一検校はじめ,一方検校衆によって〈流布本〉が作られた。山中検校の弟子波多野検校はこの〈流布本〉をもとに独自の台本を作り,〈流布本〉を受け入れなかった前田流と対立した。以後波多野流は京都を中心に伝承されたが,流勢はふるわなかった。

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大辞林 第三版の解説

はたのりゅう【波多野流】

平曲の流派の一。江戸初期、波多野検校けんぎようを流祖とする。一方いちかた流の系統。1911年(明治44)に没した藤村検校をもって断絶。

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世界大百科事典内の波多野流の言及

【波多野検校】より

…平曲家。波多野流流祖。名は孝(考)一。…

【平曲】より

…生活の安定した盲人たちのあいだでは,ひところのような隆盛はみられなかったものの,平曲は地歌(じうた),箏曲をはじめすべての音曲の基礎として重視され,検校になるための条件として平曲の素養が欠かせなかったため,それまでの伝統がよく守られた。一方流の師道派から出た波多野検校前田検校は,それぞれ波多野流前田流を立て,以後の平曲はこの2流を中心に伝承されていく。波多野流はおもに京都に,前田流は江戸を中心に全国に広まった。…

※「波多野流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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