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藪内剣仲 やぶのうち けんちゅう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藪内剣仲 やぶのうち-けんちゅう

藪内紹智(やぶのうち-じょうち)(初代)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藪内剣仲

没年:寛永4.5.7(1627.6.20)
生年:天文8(1539)
室町時代の茶人。茶道藪内流の祖。幼名九助。諱 は宗胤。紹智,藪中斎,宗胤,燕庵と号した。摂津尼崎の人。茶人として知られた藪(藪内)宗巴の養子となり,藪内家を継ぐ。武野紹鴎の弟子となり,一字を譲られて紹智と名乗った。天正8(1580)年ごろ,尼崎から京都紫竹に居を移して大徳寺春屋宗園に参禅。紹鴎没後,利休に皆伝を得,雲脚の扁額や茶道具を贈られた。大名茶人であった古田織部の妹と結婚。利休の没後には豊臣秀吉に出仕したが,ほどなく辞したと伝える。文禄4(1595)年春屋から剣仲の号を得,上京に居を移す。のち三畳台目に相伴席がついた織部好みの茶室燕庵を譲られた。所持の茶道具に東山御物の唐銅象耳花入「姫瓜」,「南蛮毛織抱桶水指」,燕庵名物の「金槌釜」,「織部暦手茶碗」などが,遺墨として「台跡」「台子ノ画」,自作の茶道具に竹一重切花入,竹茶杓など残る。紹智の名が代々継がれ,平成期に13代におよぶ。<参考文献>『茶道の源流』全6巻

(谷端昭夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

やぶのうちけんちゅう【藪内剣仲】

1536‐1627(天文5‐寛永4)
安土桃山~江戸初期の茶人。藪内流の祖。字は子的,名は宗胤,藪中斎(そうちゆうさい)と号し,剣仲は禅僧春屋宗園より別号として与えられたものである。堺の茶匠藪内宗把の養子となり,茶の湯をはじめ武野紹鷗に学んで紹智と改名し,さらに千利休に学んだ。道具の鑑識眼に優れ,利休は書状で剣仲に道具の選定を頼んだり,剣仲所持の釜を絶賛するなど,剣仲の目を高く評価していた。1581年(天正9),利休より相伝を受け,その証として与えられた〈雲脚〉の額が現存する。

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世界大百科事典内の藪内剣仲の言及

【燕庵】より

…藪内家の代表的な茶室で,古田織部が大坂出陣に際し,京屋敷の茶室を義弟にあたる藪内家初代剣仲に与えたものであると伝えられる。1864年(元治1)の兵火に類焼したあと,摂津有馬の武田儀右衛門が忠実に写し建てていた茶室が移築(1867)されたのが現在の燕庵である。茅葺き入母屋造で,南東隅の入り込んだ土間庇に躙口(にじりぐち)をあけている。三畳台目に二枚襖を隔てて相伴席を付設したのが燕庵の最大の特色である。…

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