西条城跡(読み)さいじようじようあと

日本歴史地名大系 「西条城跡」の解説

西条城跡
さいじようじようあと

[現在地名]吉野町西条

西条の南部、吉野川が形成した自然堤防上に位置。西城と東城があり、戦国時代に西条城という場合には主として西城をさし、近世の西条城は東城をさすとされる。西城は大土井(おおどい)城とも称された(板野郡誌)。吉野川が外堀の役目を果していたと推定されるが、川の流路も変わり、城跡も開墾されたため、現在はほとんど跡形もなくなっている。戦国時代には西条西城に西条壱岐守がいたという(城跡記・古城諸将記)。西条壱岐守と益太夫は天正一〇年(一五八二)中富川の合戦で討死している(城跡記)。西条氏は松島西条(まつしまさいじよう)庄の地頭であった佐々木氏を祖とするとみられ、「尊卑分脈」によると佐々木泰綱の子として長綱がみえ、西条の頭注がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 イソオウギガニ科のカニ。浅海にすみ、甲は丸みのある四角形で、甲幅13センチくらい。全体に黄褐色。甲の縁と脚に太いとげが多数ある。本州中部以南に産し、食用。2 ズワイガニの別名。鳥取・島根地方でいう...

松葉蟹の用語解説を読む