観念学派(読み)かんねんがくは(その他表記)idéologues

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「観念学派」の意味・わかりやすい解説

観念学派
かんねんがくは
idéologues

1796年デステュット・ド・トラシーがその著"Mémoire sur la faculté de penser"のなかで初めて観念学 idéologieの構想を示した。それは E.コンディヤックを継いで全学を感覚論に基礎づけ,根底をなす学問として観念の分析をおこうとするものであった。その理念は教育制度の根本的革命を含み,学士院道徳,政治学部門で優位に立ったが,ナポレオンの政策と衝突し,ナポレオンは学士院改革 (1802~03) の際この部門をつぶし,彼らを役に立たない夢想家としてイデオローグ idéologuesと呼んで蔑視した。観念学派にはほかに P.カバニス,C.ボルネーらがおり,M.コンドルセも彼らの周辺にいた一人である。その後マルクスの批判を経て,観念学は今日のイデオロギーの意味に変化していった。

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世界大百科事典(旧版)内の観念学派の言及

【イデオロジスト】より

…観念学派と訳す。命名者はデステュット・ド・トラシー。…

※「観念学派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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