キリスト教信仰の真理・正当性を異教徒の非難に対して弁明し、擁護するキリスト教思想家の営為。2世紀初めから3世紀初頭にかけて一連の護教家あるいは弁証家とよばれる人々が活躍した。たとえばユスティノス、タティアヌス、テオフィルス、テルトゥリアヌスなどである。彼らは若き日にギリシア・ローマの古典的教養を身につけ、それぞれ精神的遍歴を経てキリスト信仰に回心したために、異教徒に対する弁明はきわめて知性的で明解である。このように信仰の理性的根拠を問い求める思索は、まさに、「知解を求める信仰」という課題を担い、中世キリスト教全体の歴史を貫く。護教学は、信仰と理性、キリスト教と文化との関係を明らかにするという広範囲な任務をもたざるをえない。
[中沢宣夫]
乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...