日本歴史地名大系 「谿山郡」の解説
谿山郡
たにやまぐん
- 鹿児島県:薩摩国
- 谿山郡
〔古代・中世〕
天平八年(七三六)の薩摩国正税帳(正倉院文書)にみえる隼人十一郡の一つ。「和名抄」東急本国郡部は「多仁也末」、名博本はタニヤマと読む。「和名抄」高山寺本によると谷山郷(伊勢本・東急本などでは谷上郷)・
平安末期阿多四郎宣澄の所領であったが、宣澄が平家にくみして没落すると、建久三年(一一九二)一〇月二二日、谷山郡などの地頭職に島津忠久が補任された(「関東御教書」島津家文書)。薩摩国建久図田帳によると「谷山郡二百町」は島津庄寄郡で、没官御領・地頭島津忠久とあり、府領社(大宰府領社)一八町と公領一八二町からなっていた。府領社は現
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報