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豊楽門院 ぶらくもんいん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

豊楽門院 ぶらくもんいん

1464-1535 戦国時代,後奈良(ごなら)天皇の母。
寛正(かんしょう)5年生まれ。勧修寺教秀(かじゅうじ-のりひで)の娘。母は飛鳥井雅永(あすかい-まさなが)の娘。後柏原(ごかしわばら)天皇が東宮のとき後宮にはいり,典侍となる。後奈良天皇,尊鎮入道親王,覚鎮女王を生む。天文(てんぶん)4年1月11日死去。72歳。翌12日院号宣下ののち発喪。本名は藤原藤子

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

豊楽門院

没年:天文4.1.11(1535.2.13)
生年:寛正5(1464)
戦国時代の公家の女性。後柏原天皇の宮人。藤原藤子。初め阿茶局,のち新大納言典侍と呼ばれた。勧修寺家の准大臣藤原教秀と飛鳥井雅永の娘の子。後柏原天皇との間に,後奈良天皇らを生む。没時に国母准后として院号宣下された。

(勝浦令子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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