貴海島・鬼界島(読み)きかいがしま・きかいがしま

日本歴史地名大系 「貴海島・鬼界島」の解説

貴海島・鬼界島
きかいがしま・きかいがしま

古代・中世の史料にみえる島嶼名で、硫黄(いおう)島にあてるのが一般的であるが、薩摩半島・大隅半島の南に連なる島々の総称とも考えられる。「日本紀略」長徳四年(九九八)九月一四日条に、大宰府が南蛮の追捕を貴駕島に命じたとある。一一世紀半ばの成立と考えられる「新猿楽記」には、商人の首領である八郎真人が交易を行う範囲について西は貴賀ガ島までとみえる。治承元年(一一七七)平氏を倒す計画に失敗した俊寛・藤原成経・平康頼は「薩摩潟鬼界が島」に流された(「平家物語」巻二)。成経・康頼が大赦で離島後、俊寛は悲嘆のなかで没したという俊寛説話は著名である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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