愚管抄(読み)ぐかんしょう

  • ぐかんしょう グクヮンセウ
  • ぐかんしょう〔グクワンセウ〕

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鎌倉時代初期の史論書。7巻。慈円著。承久2 (1220) 年成立。承久の乱後,貞応1 (22) 年の書き継ぎがある。道理をもって歴史の展開を論述した日本最初の史論書。巻1,2は和漢の皇帝年代記,巻3~6は神武天皇から順徳天皇までの歴史の大要を説き,歴史を導く道理を明らかにする。巻7は結論で,過去の反省により現在を批判し,未来の展望を述べる。雅語,俗語を自由に駆使した和漢混交 (こんこう) 文で平易に説かれており,文体,用語なども注目すべきもの。『国史大系』所収。

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世界大百科事典 第2版の解説

鎌倉時代初頭の歴史書。7巻。慈円著。《愚管抄》は内容からみて3部に分けることができる。第1部は〈皇帝年代記〉と題される部分で,巻一,二がそれに当たり,神武から後堀河までの歴代天皇の摘要と,治世の主要な事項を列挙する形をとっている。それに対して,第2部は神武天皇以来の日本国の歴史を叙述し,道理の推移を読み取ろうとした部分で,巻三~六がそれに当たる。さらに第3部は道理を基準とした歴史の総論で,巻七がそれに当たる。

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大辞林 第三版の解説

歴史書。七巻。慈円著。1220年成立か。神武天皇から順徳天皇に至る歴史と、その歴史を動かす「道理」とを仮名文でつづる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

1219年(承久1)、前天台座主(ざす)大僧正慈円(じえん)(慈鎮(じちん)和尚)が著した歴史書。『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』(北畠親房(きたばたけちかふさ)著)、『読史余論(とくしよろん)』(新井白石(あらいはくせき)著)とともに、わが国の三大史論書といわれている名著である。7巻からなり、巻1~2に「漢家年代」「皇帝年代記」を置き、巻3~6で保元(ほうげん)の乱(1156)以後に重きを置いた神武(じんむ)天皇以来の政治史を説き、付録の巻7では、日本の政治史を概観して、今後の日本がとるべき政治形体と当面の政策を論じている。
 すなわち、慈円は、一方では武士の出現によって宮廷貴族の間に生まれた「近代末世の意識」を「仏教の終末論の思想」によって形而上(けいじじょう)学的に根拠づけ、一方では藤原氏の伝統的な「摂関家意識」を「祖神(天照大神(あまてらすおおみかみ)・八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)と天児屋命(あめのこやねのみこと))の冥助(みょうじょ)・冥約の思想」によって形而上学的に根拠づけ、この両方の思想群を結合して彼の史論を構築した。その際、彼がこれら2組、四つの思想史的要素の接合剤としたのは、理想を現実にあわせて変化させるという、伝教(でんぎょう)大師最澄(さいちょう)以来比叡山(ひえいざん)の思想的伝統となって深化してきた「時処機(ときところひと)相応の思想」であった。こうした思想をよりどころとして、いまは摂関家と武家を一つにした摂(せつろく)将軍制が、末代の道理として必然的に実現されるべき時であると論じ、後鳥羽院(ごとばいん)とその近臣による摂関家排斥の政策と幕府討伐の計画は歴史の必然、祖神の冥慮(みょうりょ)に背くものと非難した。彼は承久(じょうきゅう)の乱(1221)ののちもこの考えを捨てず、この書の皇帝年代記に筆を加え続けているのである。[石田一良]
『岡見正雄・赤松俊秀校注『日本古典文学大系86 愚管抄』(1967・岩波書店) ▽Delmer M. Brown and Ichiro Ishida The Future and the Past;a translation and study of the Gukansho (1979, Univ. of Calif. Press) ▽石田一良「『愚管抄』の成立とその思想」(『東北大学文学部研究年報』17所収・1966)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

鎌倉前期の歴史書。七巻。九条兼実の弟、天台座主慈円の著。承久二年(一二二〇)の成立とされる。和漢の年代記や、神武天皇から順徳天皇までの歴史及び著者の歴史観を仮名まじり文で記したもので、後の史書に強い影響を与えた。

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旺文社日本史事典 三訂版の解説

鎌倉前期,天台座主 (ざす) 慈円 (じえん) の歴史書
1220年ころ成立。承久の乱後増補。7巻。歴史を動かすものは道理であると考え,道理の盛衰即歴史の盛衰と説き,末法思想によって当時の政治を論じている。日本で初めて歴史哲学を説いたものとして注目され,後世の『神皇正統記』や『読史余論』などに大きな影響を与えた。内容は年代記2巻。他の4巻は神武天皇より順徳天皇までの歴史の叙述で,付録1巻にその思想が述べられている。

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世界大百科事典内の愚管抄の言及

【道理】より

…一般に裁判に勝つことは道理が認められたことを意味したため,道理は勝訴の同義語としても用いられた。いま一つ有名な道理は《愚管抄》における道理であって,著者慈円は歴史の推移を道理の移り変りとしてとらえようとし,この書に〈道理物語〉の異名が生まれたほど,道理を頻用した。ここでも道理は,個別的な道徳,筋道,因果のほかに社会通念的なものなどを含めきわめて多義的であり,しかもすべての道理は移り変わるものとして相対化されている。…

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