赤松直頼(読み)あかまつ なおより

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「赤松直頼」の解説

赤松直頼 あかまつ-なおより

1339-? 南北朝時代の武将
暦応(りゃくおう)2=延元4年生まれ。赤松範資(のりすけ)の子。足利尊氏・直義(ただよし)兄弟が対立した観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)では父とともに尊氏に属した。足利義詮(よしあきら)の南朝攻めにしたがい尼崎進攻,京都を目ざした山名時氏播磨(はりま)(兵庫県)でふせいだ。通称は信濃五郎,本郷掃部助。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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