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山名時氏 やまなときうじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

山名時氏
やまなときうじ

[生]正安1(1299)
[没]建徳2=応安4(1371).2.28. 京都
南北朝時代の武将。政氏の嫡子。母は上杉重房の娘。伊豆守,左京大夫。法号,道静。道号,鎮国。号は光孝寺殿。足利尊氏に従い,室町幕府創立に尽力。興国4=康永2 (1343) 年丹波守護,興国6=貞和1 (45) 年侍所所司,正平3=貞和4 (48) 年若狭守護に補された。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山名時氏 やまな-ときうじ

1303-1371 南北朝時代の武将。
嘉元(かげん)元年生まれ。山名政氏の子。足利尊氏にしたがい,室町幕府の成立に貢献。伯耆(ほうき)をはじめ出雲(いずも),丹後,丹波などの守護,侍所頭人となる。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)では足利直義(ただよし)方につき,乱後は南朝方で活躍。貞治(じょうじ)2=正平(しょうへい)18年丹波など5ヵ国の安堵を条件に幕府方に帰服した。応安4=建徳2年2月28日死去。69歳。法名は道静。

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朝日日本歴史人物事典の解説

山名時氏

没年:応安4/建徳2.2.28(1371.3.15)
生年:正安1(1299)
南北朝時代の武将。父は政氏,母は上杉重房の娘。通称小二郎,伊豆守,弾正少弼,左京大夫。法名道静。元弘の乱勃発時(1331)には鎌倉で将軍に供奉。翌々年千早赤坂に楠木正成を攻めたが,まもなく後醍醐天皇方に帰順した足利尊氏に従って六波羅を攻撃し,これを陥れた。中先代の乱(1335)が起こると東下して鎮圧に従事,翌年1月には摂津豊島で南朝方脇屋義助らに敗れて尊氏と共に西走したが,5月の湊川で正成を討って上洛した。室町幕府創立の功臣として伯耆,出雲,隠岐,丹波の守護となり山陰道に隠然たる力を振るうとともに,貞和1/興国6(1345)年には侍所頭人に就任。観応の擾乱では(足利)直義方につき,直義死後は出雲守護京極高氏との対抗上南朝に帰順した。文和2/正平8(1353)年には足利直冬を戴いて山陰南朝軍の巨魁として活動,以後しばしば京都占拠に功を上げた。康安1/正平16年ごろには播磨から石見に至る広大な中国地域を占拠した。時氏の帰順が統一に不可欠とみた足利義詮は好餌をもって誘降し,貞治2/正平18年9月,ついに丹波,丹後,美作,因幡,伯耆の5カ国安堵を条件に北朝軍に帰参した。時氏自身はうち丹波,因幡,伯耆の守護を領し,評定衆,引付頭人として幕政にも参与。譜代守護の反発はあったが幕府は山名氏を優遇し,晩年にはさらに但馬と隠岐を一族の分国に加えている。子息師義,義理,氏冬,氏清,時義,氏重らはみな守護となり,家督は師義から時義へと継承された。時氏の帰服が北朝優位に決定的役割を果たしたという意味で,南北朝の動乱の帰趨を握っていた人物といえよう。

(今谷明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

やまなときうじ【山名時氏】

1303‐71(嘉元1‐建徳2∥応安4)
南北朝時代の武将。母は上杉重房の娘。元弘の乱では父政氏とともに足利高氏(尊氏)に従う。伯耆,丹波などの守護職を与えられ,南朝勢力の追討に活躍する。尊氏・直義(ただよし)兄弟が争った観応の擾乱(かんのうのじようらん)では直義党に属し,山陰地方にあって直義の養子直冬の庇護者となり,1353(正平8∥文和2),55年には南朝軍として京都を一時占領する。56年(正平11∥延文1)細川頼之中国管領に補任されて下向し,中国地方の南朝勢力の平定に力を注ぎ,63年(正平18∥貞治2)には防長両国の大内弘世を帰服せしめた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

山名時氏
やまなときうじ
(1303―1371)

南北朝時代の守護。政氏(まさうじ)の男。足利尊氏(あしかがたかうじ)の挙兵に際し、宗家新田(にった)氏に反して尊氏方に属し、山陰地方の軍事行動で名和(なわ)氏など南朝勢力を圧服していった。1337年(延元2・建武4)伯耆(ほうき)守護職に補され、山陰での基盤を確保した。さらに美作(みまさか)・丹後(たんご)・因幡(いなば)などの守護職に任じ、山陰最大の勢力となった。侍所所司(さむらいどころしょし)にもなり、後の四職(ししき)家としての基礎を築いた。51年(正平6・観応2)の観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)では足利直義(ただよし)方につき、直義の没後は直冬(ただふゆ)党として南朝方に走った。しかし、63年(正平18・貞治2)将軍義詮(よしあきら)に帰順し、伯耆以下五か国の守護職を安堵(あんど)され、子供・孫などが侍所所司、小侍所所司などに補され、幕閣として重きをなした。71年12月28日に没した。法号は道静、墓所は伯耆光孝寺にある。[田沼 睦]

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世界大百科事典内の山名時氏の言及

【因幡国】より

…鎌倉期の守護については,同末期の海老名維則を除いて具体的な人名を確定することができず,守護所の位置も定かでない。 南北朝内乱の間に急速な成長をとげた山名氏が,因幡国に対して直接的な影響力を持ちはじめたのは,1337年(延元2∥建武4)石橋和義に代わって山名時氏が伯耆国守護職を得てからのことであり,以後再三にわたる入京などの軍事行動を通じて,因幡国人層をその勢力下にとりこんでいったものと思われる。この山名氏が因幡国守護職を最終的に確立するのは63年(正平18∥貞治2)9月ころのことであり,以後守護職は山名時氏から三男氏冬を経て代々その子孫に相伝された。…

【観応の擾乱】より

…また九州では直冬党と探題一色氏との対戦に乗じて征西将軍懐良親王が菊池氏に擁せられて勢力を拡大した。直冬は南朝に帰順して中国に移り,畿内の南軍,北陸の桃井,さらに幕府中枢から疎外された山名時氏などを戦列に加え,55年(正平10∥文和4)まで2回にわたり京都を占領した。こうした内乱の激化は幕府に国人層の掌握と守護の権限強化の必要性を痛感させ,国人一揆の禁圧から戦力としての利用への転換,半済法の公布による国人層の所領要求への積極的対応,守護の所領安堵や国衙支配の容認などの対応策が打ち出された。…

【丹後国】より

… 南北朝期に入ると,室町幕府は初代守護に上杉朝定を補任し,その本拠丹波何鹿(いかるが)郡上杉郷を含む何鹿郡を丹波から切り離して丹後守護の分郡とした。その後一時但馬に地盤をもつ今川頼貞を守護としたが,康永(1342‐45)ころに山名時氏が丹波・丹後両国守護を兼管し,以後南北朝後期までおおむね丹波守護またはその一族が当国守護に補される例が多かった。仁木頼章,高師詮,仁木頼勝,山名師義,同義幸,同満幸がすなわちそれである。…

【丹波国】より

…しかし丹後に隣接する何鹿・天田の北部2郡は丹後守護上杉朝定が分郡守護として支配していた。次いで43年(興国4∥康永2),頼章は守護代の荻野朝忠が南軍に寝返った咎で守護を罷免され,丹後守護の山名時氏が当国守護をも兼管して,ここに北2郡の分郡が廃された。山名氏は足利氏の準一門で,当時丹波・丹後のほか伯耆・出雲の守護を兼ねていた。…

【若狭国】より

… 建武政府の崩壊後も内乱の波動はやまず,足利政権が任命した斯波時家からあと,約30年の間に十数名の守護が交替している。尊氏・直義(ただよし)兄弟が対立抗争した観応の擾乱(じようらん)に際しては,51年(正平6∥観応2)直義方についた時の守護山名時氏が若狭に落ち,尊氏は奉公衆本郷貞泰(大飯郡の国人(こくじん))に国中の軍勢を催して時氏を追討せよと命じた。代わって大高(だいこう)重成が3度守護に補任されたが,若狭の国人の多くは直義方に立って,本郷貞泰や下向した守護代官大崎八郎左衛門入道らと戦い,ついに大崎を追放する。…

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