日本歴史地名大系 「赤沼町」の解説 赤沼町あかぬまちよう 茨城県:水戸市水戸城下下町赤沼町[現在地名]水戸市城東(じようとう)三―四丁目通(とおり)八町目木戸から新(しん)河岸へ通ずる町。東は中之(なかの)町。元禄三年(一六九〇)通八町目木戸口から鉄砲場までを赤沼町と名付けた。「水府地名考」に「古へ何つれの神仏へ閼伽(あか)を供せし沼ある故に、其名起れりと思へり」とある。中之町へ入るところから浮草(うきくさ)町入口までを「向馬場」とも「向川崎」ともいった。町の西側南寄りに獄屋があり、明治二年(一八六九)まで赤沼獄舎として存続した。 赤沼町あかぬままち 秋田県:本荘市本荘城下赤沼町[現在地名]本荘市赤沼町本荘城下町の東北の隅に位置し、北は子吉(こよし)川。かつてこの町に遠田赤沼という儒者が住んでいたのでこの名があるという(本荘郷土史)。また渡しがあったので上渡(かみわたし)町ともよんだという。近世には足軽と農家が雑居し、大部分は農家で、当時は出戸町(でとまち)村とよんでいた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by