日本大百科全書(ニッポニカ) 「走れウサギ」の意味・わかりやすい解説
走れウサギ
はしれうさぎ
Rabbit, Run
アメリカの作家J・アプダイクの小説でピュリッツァー賞受賞作。1960年刊。ウサギというあだ名のハリー・アングストローム(26歳)は、高校時代にバスケットボールの花形選手だったが、いまはしがない台所用品販売員。ジャニス・スプリンガーと結婚し、息子のネルソンと暮らしているが、2人目の子供を妊娠しているジャニスは家事を顧みず酒びたり。ハリーは仕事からも家庭からも解放されたい衝動に駆られ、家を飛び出す。高校時代の体育教師トセロに紹介された娼婦(しょうふ)ルースと同棲(どうせい)し、妊娠させる。その間、酔ったジャニスは、生まれたばかりの赤ん坊を風呂(ふろ)で溺死(できし)させたため、ハリーは家庭に戻る。しかし、それもつかのま、ルースのもとへ走るが、結婚を迫られると、逃げ出しあてもなく車でハイウェーを走り続ける。新鮮な感覚を生かした現在形の文体で、日常性から脱出を図る若者の空虚感と不安を描き、1950年代の世相を浮かび上がらせる。
第二作『帰ってきたウサギ』(1971)では36歳のハリーを取り上げ、ジャニスの家出など複雑な人間関係のなかでよろめきながら生きる男の姿を描く。アポロ打上げ、ベトナム反戦、黒人問題など60年代の時事問題を取り込み、社会的な広がりをみせている。第三作『金持ちになったウサギ』(1981)は自動車販売店主となったハリー夫婦の生活を中心に、スワッピング(夫婦交換)など70年代の社会風俗を丹念に追う。平凡な主人公の市民生活を通じて現代アメリカの生態を描く異色作といえる。
[井上謙治]
『宮本陽吉訳『走れウサギ』(1964・白水社)』▽『井上謙治訳『帰ってきたウサギ』(1973・新潮社)』▽『井上謙治訳『金持ちになったウサギ』(1992・新潮社)』▽『井上謙治訳『さようならウサギ』(1998・新潮社)』