越智郷(読み)おちごう

日本歴史地名大系 「越智郷」の解説

越智郷
おちごう

越智郷段銭算用状(春日神社文書)などにみえる中世越智氏の勢力圏で、高市郡・葛上郡に及ぶ。「大乗院雑事記」長享元年(一四八七)四月五日条に「伝聞、越智郷反銭千三百貫余無沙汰也」、同一〇月二八日条に「越智之在所ニ三十三所巡礼堂建立」などの記事がみえ、仏教を背景とする文化圏が越智氏によって維持されていた。越智氏の出自は大和源氏・信州井上氏・伊予河野氏・大和物部氏などの説があるが確実な史料はない。正和五年(一三一六)越智邦永が鎌倉幕府謀反、六波羅探題勢と合戦、楠木正成に攻略されて敗北し、長子邦澄が高取山に築城したというが、それも明確ではない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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