内科学 第10版 「辺縁系脳炎」の解説
辺縁系脳炎(悪性腫瘍に伴う神経系障害)
急性・亜急性に進行する記銘力・認知機能障害,精神症状,痙攣,意識障害などを呈する.肺癌,睾丸癌,乳癌,Hodgkinリンパ腫,未分化奇形腫,胸腺腫が潜在することが多い.脳脊髄液は軽度の細胞・蛋白増加がみられ,頭部MRIで側頭葉内側面にT2/FLAIRで高信号病変を認める.本症の60%に自己抗体がみられ,抗Hu/Ma抗体が多い.近年は,次のような細胞表面のチャネルや受容体に反応する抗体が検出される例が明らかになっている.
a.抗VGKC複合体抗体関連PNS
辺縁系脳炎の病型以外,後天性ニューロミオトニア,Isaacs症候群,Morvan症候群が知られる.抗VGKC複合体抗体陽性例の1/3がPNSとされ,胸腺腫や肺小細胞癌,前立腺癌,乳癌,造血腫瘍に伴って生じる.壮年期から高齢者に好発し,高率にSIADHによる低ナトリウム血症を併発する.
自己抗体はVGKC(Kv)そのものを認識するものは少なく,VGKC複合体の構成蛋白であるleucine-rich glioma inactivated 1 protein (LGI-1),a disintegrin and metalloproteinase (ADAM),contactin-associated protein (CASPR)-2などに反応するため,抗VGKC複合体抗体関連脳炎とよばれるようになった (Iraniら, 2010).
b.抗NMDA受容体抗体関連PNS
卵巣奇形腫を有し,腫瘍摘出や免疫療法に反応して予後が良好な若年女性の辺縁系脳炎では,血清・髄液中にグルタミン酸受容体NMDA型に反応する抗体(NMDA 受容体抗体)が検出される.若年女性が大多数を占め,70~80%が精神症状,てんかん,不随意運動,中枢性低換気,自律神経症状を呈し,55%で何らかの頭部MRI異常所見を呈し,59%に卵巣奇形腫を認める(Dalmauら,2008).
NMDA受容体は,グリシンに結合するNR1およびグルタミン酸に結合するNR2のサブタイプが重合して形成される陽イオンチャネルであり,シナプス伝達や可塑性にかかわる.NMDA受容体の活動性亢進は神経毒性を発揮し,痙攣などの症候に繋がる.
c.抗Ma-2抗体関連PNS
抗Ma-2(Ta)抗体陽性PNSでは,過眠・高体温などの視床下部症状や辺縁系・上部脳幹症状を呈する.MRIでは側頭葉内側面・視床下部・基底核・視床・四丘体領域に信号異常を認め,髄液は軽度の炎症反応を呈する.45歳以下の男性では睾丸腫瘍が多く,癌の摘出・免疫療法により症状の軽快が得られる.[田中惠子]
■文献
Dalmau J, Gleichman AJ, et al: Anti-NMDA-receptor encephalitis: case series and analysis of the effects of antibodies. Lancet Neurol, 7: 1091-1098, 2008.
Honnorat J, Antoine JC: Paraneoplastic neurological syndromes. Orphanet J Rare Dis, 2: 22-31, 2007.
Irani SR, Alexander S, et al: Antibodies to Kv1 potassium channel-complex proteins leucine-rich, glioma inactivated 1 protein and contactin-associated protein-2 in limbic encephalitis, Morvan’s syndrome and acquired neuromyotonia. Brain, 133: 2734-2748, 2010.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報