最新 心理学事典 「脳内報酬系」の解説 のうないほうしゅうけい脳内報酬系brain reward system 脳の中で,報酬の受容や期待に関係する領域を指す。単に報酬系reward systemともよばれる。オールズOlds,J.とミルナーMilner,P.(1954)は,ラットがレバーを押すと,脳内に埋め込んだ電極に短時間電流が流れるしくみを考案し,特定の脳部位に電極がある場合には,食物を報酬としたときと同様にレバー押し行動が容易に習得されることを示した。これは,自分の脳を刺激する行動であるため,脳内自己刺激行動intracranial self-stimulation(ICSS)behaviorと名づけられ,そのような行動が起こるのは,電気刺激によってなんらかの快感が生じているからではないかと考えられた。この脳内自己刺激行動を誘発する脳部位は,主に視床下部外側部lateral hypothalamusとそこを縦走する内側前脳束medial forebrain bundleに沿って分布していたので,それらの領域が報酬系reward systemを構成すると考えられた。一方,視床下部内側部medial hypothalamusの周室系paraventricular systemに刺激電極を設置すると,脳内自己刺激行動が抑制されることから,これが罰系punishment systemを構成していると考えられた。ヒトでは,治療を目的として脳に対する電気刺激が行なわれることがあるが,報酬系の電気刺激によって,快情動が誘発されることが確認されている(Heath,R.G.,1963;Valenstein,E.S.,1974)。 報酬を受容するための特定の感覚受容器は存在しない。このことは,痛みを生じる刺激を受容するために特化した侵害受容器があるのとは対照的である。神経系において,報酬となるべき刺激は他の中立的な刺激とともに感覚系で受容されて処理された後,報酬系にもたらされて初めて報酬としての意味づけがなされる。報酬系を構成する脳部位は,視床下部外側部に加えて,中脳midbrainの腹側被蓋野ventral tegmental areaおよび黒質sabstansia nigra,腹側線条体ventral striatumの一部である側坐核nucleus accumbens,背側線条体dorsal striatumを構成する尾状核caudate nucleusおよび被殻putamen,大脳辺縁系limbic systemの一部である扁桃体amygdalaや前部帯状皮質anterior cingulate cortex,さらには前頭連合野prefrontal cortexの一部である前頭眼窩野orbitofrontal cortexなどである。 報酬系は,モノアミンmonoamineの中でもとくにドーパミンdopamineとの関係が深い(図1)。ドーパミンとは,脳内にある重要な神経伝達物質の一つで,アドレナリン,ノルアドレナリンの前駆物質である。腹側被蓋野と黒質にはドーパミン作動性ニューロン(ドーパミンニューロン)dopaminergic neuron(ドーパミンを産生し,神経伝達物質として放出するニューロン)の細胞体があり,黒質のドーパミンニューロンは主に背側線条体に(A9神経),腹側被蓋のドーパミンニューロンは側坐核をはじめ,扁桃体,前帯状皮質,前頭眼窩野などに投射している(A10神経)。 【欲求と快】 ベリッジBerridge,K.C.とロビンソンRobinson,T.E.(2003)は,「wanting」すなわち報酬を欲しいと感じて行動を起こすこと(欲求)と,「liking」すなわち報酬を好ましいと感じること(快)には,行動学的にもその脳内機序についても,乖離があるという説を提唱している。彼らは,甘味に対する喜びの表情を快の指標にして,それが実験操作によってどのように変化するかを調べた。薬剤投与によってドーパミン系を阻害あるいは促進しても,甘味に対する喜びの表出には変化を起こさず,またドーパミンニューロンを選択的に破壊する6-ヒドロキシドーパミン6-hydroxydopamineの局所注入によってドーパミンニューロンのほとんどを死滅させても,甘味に対する喜びの表出に変化がなかった。そして,側坐核の殻部shellにオピオイドopioid(オピウム様物質,すなわちアヘン様物質のこと。鎮痛・快誘発効果をもつ)の作動薬を微量注入した場合には,喜びの表出が強くなったため,快情動の誘発にはドーパミンよりもむしろオピオイドが関係していることが示唆された。一方で,一般に欲求の指標とされている食物の摂取・選好,あるいは獲得行動については,薬剤投与によってドーパミン系を阻害あるいは促進した場合に,それぞれ抑制あるいは促進されることが知られている。そして,前述のとおり,薬剤投与によってドーパミン系を阻害あるいは促進しても,甘味に対する喜びの表出には変化が起きない。したがって,ドーパミンは快情動の誘発よりもむしろ欲求の亢進に関係しているようである。 もちろん,快と欲求は深く関係しており,脳内でもそれぞれの機序がまったく独立に働いているわけではない。オピオイドをはじめ,ニコチンnicotine,エタノールethanol,コカインcocaine,アンフェタミンamphetamine,カナビノイドcannabinoid(大麻の有効成分)など,一般に快感pleasureや多幸感euphoriaを生じさせる薬剤は,依存も引き起こす。これらの薬剤は,ドーパミン系に直接あるいは間接的に作用して,ドーパミンニューロンからのドーパミンの放出の促進あるいは再取り込みの阻害によって,ドーパミンの細胞外濃度を高める働きがあることが知られている(図2)。 【報酬系と学習】 報酬系との関係の深いドーパミンは,欲求の亢進,すなわち動機づけの上昇にかかわっているのみならず,動機づけに基づいた学習に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。シュルツSchultz,W.ら(1998)は,行動中のサルのドーパミンニューロンの活動の記録によって,ドーパミンニューロンが報酬そのものではなくて,期待された報酬と実際に与えられた報酬の差分(報酬予測誤差reward prediction error)に反応していることを明らかにした。すなわちドーパミンニューロンは,報酬を予期させるような条件刺激が突然呈示されたときや,予想外に,あるいは期待以上の報酬が得られたときに反応していたのである。強化学習モデルにおいては,報酬予測誤差は学習の強化シグナルとされているが,実際に脳スライスを用いた実験によっても,ドーパミンが大脳皮質から線条体への入力部のシナプス結合を増強させる働きがあることが明らかになっている。これらの知見は,ドーパミンが,報酬と結びついた刺激(感覚情報)や行為(運動情報)と関係した神経活動を増強させる働きがあることを示唆している。実際に,サルやラットを使った単一ニューロン活動の記録やヒトの脳機能イメージングによって,背側・腹側線条体をはじめとするドーパミンニューロンの投射先では,刺激や行為の価値が表現されており,報酬の予期や受容によって神経活動が上昇することが明らかになっている。 →依存症 →神経系 〔筒井 健一郎〕 図2 依存性薬物のドーパミンニューロン… 図1 ラットにおけるドーパミン神経(A… 出典 最新 心理学事典最新 心理学事典について 情報