免疫療法は,人体の免疫能を強化,補充,抑制して,人体にとって不利益な反応を防ごうとするもので,特異的免疫療法と非特異的免疫療法に分けられる。
これには能動免疫療法と受動免疫療法の二つがある。
(1)能動免疫療法は目的とする病原体の感染に対して特異的に抵抗力をつけさせようとするもので,病原体をワクチンとして投与して免疫を獲得させるものであり,三種混合ワクチン(百日咳,破傷風,ジフテリア),ポリオ,日本脳炎,インフルエンザ,風疹,BCGなどのワクチンが代表的である。一方,目的とする抗原(アレルゲン)に対する免疫反応が人体にとって不利益な反応(アレルギー)をもたらす場合には,このような免疫反応の減弱を目標として少量のアレルゲンを徐々に増量していく治療法が行われている。これは減感作療法あるいは脱感作療法と呼ばれており,気管支喘息(ぜんそく),花粉アレルギー,一部の薬剤アレルギーなどに対して行われている。
(2)受動免疫療法は人体のもっていない特異抗体を補充投与する治療法で,細菌や他の生物由来の毒素に対する抗毒素の投与が行われている。代表的なものとしてはジフテリア,破傷風,ガス壊疽,ハブ毒などに対する抗毒素の投与である。これ以外に,最近目的とする癌や抗体産生細胞を特異抗体により障害死滅させようとする試みがなされており,癌抗原に対するモノクローナル抗体,さらにモノクローナル抗体に制癌剤や毒素を結合させたものも試みられようとしている。また生体にとって不利な抗体を産生する細胞を障害させる目的で,抗イディオタイプ抗体の投与なども考えられているが,まだ実用化の段階には至っていない。一方,生体に高力価の特異抗体を投与すると,その後の抗体産生が抑制されること(この現象は免疫麻痺immunological paralysisと呼ばれている。詳しくは〈免疫学的寛容〉の項を参照)が知られており,実際にRh不適合の母親の初回分娩時に高力価のRh抗体を投与すると,Rh抗体が産生されないので,Rh不適合による流産などの予防が可能となってきた。
この免疫療法は,免疫抑制療法,免疫補充療法,免疫調節・強化療法に大別される。
(1)免疫抑制療法は,自己抗体,アレルギー性疾患,臓器移植拒絶反応などの人体にとって不利益な反応の抑制を目標としたものであり,一般に用いられるのは,副腎皮質ホルモン(ステロイド)剤と化学療法剤である。ステロイド剤は免疫抑制作用のほかに抗炎症作用が強く,炎症を伴う免疫異常疾患すなわち膠原病(こうげんびよう)などに幅広く使用されている。免疫抑制のための化学療法剤としては,アルキル化剤,プリン拮抗剤,ピリミジン拮抗剤,葉酸拮抗剤,抗生物質,アルカロイドなどがあるが,よく使用されるものは,アルキル化剤ではシクロホスファミド(商品名エンドキサン),プリン拮抗剤では6-メルカプトプリン(6-MP),アザチオプリン(商品名イムラン),葉酸拮抗剤ではアメトプテリン(商品名メソトレキセート)である。これらの免疫抑制剤は,制癌作用や骨髄抑制などの細胞毒作用があり,免疫性疾患のなかでも,重篤な場合やステロイド剤が無効な場合に限って使用されることが多い。その他の免疫抑制療法としては,X線照射,胸腺摘除や抗リンパ球抗体の投与があげられる。X線照射は全身照射だけでなく,分離した白血球への照射なども試みられている。胸腺摘除は,動物では,生まれた時に行うと強い免疫抑制効果がみられるが,ヒトでは,このような新生児における胸腺摘除は行われておらず,現在確実に胸腺摘除の効果が認められるのは重症筋無力症に対してであり,その他の疾患での効果は不確実である。抗リンパ球抗体は,ウマやヤギなどの動物にヒトのリンパ球を免疫して得られた抗血清を投与する方法であり,主として腎臓移植などの臓器移植の拒絶反応の防止に用いられる。抗リンパ球抗体は異種血清であるので,精製して不純物は除いてあっても,異種タンパク質によるアレルギー反応を完全に予防することは困難である。そのほか,より選択的であるリンパ球のサブセットに対するモノクローナル抗体の投与も,免疫抑制療法の一つとして考えられているが,まだ一般的ではない。
(2)免疫補充療法としては,無γ-グロブリン血症に対する免疫グロブリン療法が第一にあげられよう。そのほか,免疫グロブリン療法は,免疫能の低下した患者の一般感染予防にも使用される。一方,重症の免疫不全に対しては骨髄移植が行われる。また骨髄移植は再生不良性貧血や白血病などにも試みられている。骨髄移植の最大の問題点は,グラフト・バーサス・ホスト病graft versus host disease(GVH)が起こることであり,HLAの完全な一致などが試みられているが,まだ満足すべき状態ではない。その他の免疫補充療法としては,サイモシン,サイモポエチン,血清胸腺因子,胸腺液性因子などの胸腺因子が,胸腺無形成症などのT細胞系免疫不全に試みられている。また遅延型アレルギーの伝達因子の一つであるトランスファー・ファクターtransfer factorも,ウィスコット=アルドリヒ症候群や慢性皮膚粘膜カンジダ症などの免疫不全,ヘルペスなどのウイルス感染に使用されて,良好な成績が報告されている。
(3)免疫調節・強化療法で用いられる製剤は,生物学的製剤と化学的製剤とに分けられる。生物学的製剤にはBCGおよび細胞壁骨格成分(CWS),嫌気性コリネ,ノカルジア,溶連菌製剤(商品名ピシバニール),レンチナンなどの細菌あるいは植物由来の物質と,インターフェロン(IF),インターロイキン2(IL-2)などの白血球,リンパ球由来の物質に分けられ,前者はアジュバントadjuvant(免疫助剤)やマクロファージ(大食細胞)に対する作用を有するものが多く,主として癌患者に対する手術療法や化学療法の補助療法として使用される。インターフェロンは肝炎ウイルスなどの難治性ウイルス性疾患に試用されているが,IL-2は他のリンパ球由来の可溶性因子と同様,まだ実験段階である。化学的製剤としては,レバミゾール,CCA,ゲルマニウム,イソプリノシン,メチルB12などがある。これらのうち,臨床的に確実な効果が現在までに認められているのは,慢性関節リウマチに対するレバミゾールの効果であるが,副作用として,ときに重篤な顆粒球減少を示す欠点がある。
その他,特殊な免疫療法として,最近,特発性血小板減少症や糸球体腎炎に対してγ-グロブリンの大量投与が行われ,効果が認められているが,これは網内系のブロックと糸球体における沈着した免疫グロブリンの可溶化の機序が考えられている。血漿交換療法あるいはそれに準じた血液成分の除去の試みもなされており,自己免疫疾患やある種の血液疾患で効果が認められている。
執筆者:谷本 潔昭
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(葛西奈津子 フリーランスライター/2018年)
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免疫学的治療法で、歴史的には感染症に対する特異的な能動免疫や受動免疫による治療法(ワクチン療法や血清療法)をさすが、免疫学の進歩により、広く免疫細胞の活性化あるいは抑制をもたらす療法を意味するようになってきた。すなわち、人体の免疫能を補充、強化、抑制して不利益な反応を防ぐもので、それぞれ免疫補充療法、免疫強化療法、免疫抑制療法とよばれ、これらはさらに抗原特異的(選択的)と抗原非特異的(非選択的)とに分けられる。
能動免疫による療法は、感染した病原体に対して特異的に抵抗力をつけさせるもので免疫強化療法に含まれ、病原体をワクチンとして投与し、免疫を獲得させるワクチン接種法やアレルゲン免疫療法(減感作(げんかんさ)療法)がある。免疫強化療法にはこのほか、非特異的に免疫細胞を刺激して破綻(はたん)した免疫細胞を活性化し、修復する目的で免疫強化剤や免疫調節剤などとよばれる生物学的製剤および化学的製剤を用いる療法がある。生物学的製剤にはBCG生菌や抗酸菌細胞壁成分(BCG‐CWS)をはじめ、免疫補充療法にも用いられるインターフェロンや転移因子、胸腺(きょうせん)因子などがあり、化学製剤にはレバミゾール、イソプリノシン、ゲルマニウムなどがある。BCGはがんの免疫療法として世界的に用いられ、レバミゾールは関節リウマチに有効とされている。
また、受動免疫による療法は人体のもっていない特異抗体(異種の動物に免疫した抗血清や抗毒素)を補充投与するもので、免疫補充療法に含まれ、血清療法、抗毒素療法とよばれる。免疫補充療法にはこのほか、正常なヒト血清からの製剤であるγ(ガンマ)‐グロブリン、遅延型過敏症を受身伝達する目的で白血球から抽出される転移因子、T細胞の機能を増強する目的で使われる胸腺因子やチモシンなど、あるいはウイルス感染に対する非特異的防御機構として重要なインターフェロンなどを使った治療法がある。
免疫抑制療法は、臓器移植による拒絶反応の抑制や自己免疫疾患の治療などに行われ、免疫抑制剤(アルキル化剤、プリン拮抗(きっこう)剤、ピリミジン拮抗剤、抗生物質、副腎(ふくじん)皮質ホルモン剤など)が使われるほか、X線照射、胸腺摘除、胸腺ドレナージ、抗リンパ球抗体の投与なども行われる。
なお、免疫療法はその性質上、単独で疾患を治療できるのは限られたものにすぎず、がんの免疫療法でも手術療法、放射線療法、化学療法との併用が必要で、集学的治療の一環として行われている。
[柳下徳雄]
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(2017-10-3)
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…また長く治療を続けると薬剤耐性を生じるなど,今後克服すべき課題をかかえている。 免疫療法は,癌患者の免疫力を増強し,癌を抑え込もうと試みるものである。癌細胞の抗原性を増加させる研究もある。…
※「免疫療法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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