速田神社(読み)はやたじんじや

日本歴史地名大系 「速田神社」の解説

速田神社
はやたじんじや

[現在地名]美和町大字阿賀

下畑しもはた川の東岸、字ごう山腹鎮座祭神は田心姫命・湍津姫命・市杵島姫命・天照大神・稚日女命。相殿に八幡宮を祀る。旧村社。

由緒阿賀あか村の村名由来にも関係し、崇峻天皇の時、当村の空に光ものがあり、雲霧集まって光ものが落ちて鳴動した。村内立岩たていわの山中に気高い女性が三人現れて、炭焼の翁に村民を守るため垂迹した由を告げた。ために小祠を建て速田大明神として祀った。三女神の力で雲霧が晴れたことによりあけ村と称したともする。

万治三年(一六六〇)毛利綱広により社殿を再建、安永二年(一七七三)に社地を黄幡という地に移したが、寛政三年(一七九一)焼失

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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