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道詮 どうせん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

道詮 どうせん

?-876 平安時代前期の僧。
武蔵(むさし)の人。東大寺の玄耀(げんよう)に三論をまなぶ。嘉祥(かしょう)3年仁明(にんみょう)天皇の授戒師をつとめる。聖徳太子をうやまい,荒廃した法隆寺東院(夢殿)の修復に力をつくす。貞観(じょうがん)6年権(ごんの)律師,のち律師。大和(奈良県)福貴寺をひらいた。貞観18年10月2日(一説に15年3月2日)死去。法隆寺夢殿に塑造座像(国宝)がある。

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朝日日本歴史人物事典の解説

道詮

没年:貞観15.3.2(873.4.2)
生年:生年不詳
平安前期の三論宗の僧。武蔵国の人。一説に貞観18(876)年10月2日死去。はじめ東大寺の玄耀に師事。法隆寺に属し,福貴寺(奈良県磯城郡)において虚空蔵求聞持法(記憶力を増大させる密教修法)を修す。仁明天皇に戒を授け,文徳天皇の前での論議の座主を勤め,維摩会講師の労も加わって権律師となる。法隆寺の再興に努め,貞観1年東院に私水田を施入した。弟子に真如親王,法隆寺別当の長賢がいる。著書『箴誨迷方記』で,真偽が問題となっていた『釈摩訶衍論』を真経と判定した。法隆寺夢殿に坐像が残る。<参考文献>薗田香融『平安仏教の研究』

(岡野浩二)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の道詮の言及

【法隆寺】より

…昭和大修理に際して発掘調査が行われ,斑鳩宮の旧跡が認知された。平安時代に入り東院の復興に尽力したのは富貴寺道詮で,859年(貞観1)修理を施すかたわら水田を施入し,秦致真は1069年(延久1)に《聖徳太子絵伝》を描いて絵殿に納めた。鎌倉時代になると興福寺貞慶は釈迦念仏を始行したが,なかでも京都の西山法華山寺(松尾寺)の慶政は1219年(承久1)ころより舎利殿・夢殿・礼堂などを修造した。…

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