鄙振庵愛歌人(読み)ひなぶりあん あかんど

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鄙振庵愛歌人」の解説

鄙振庵愛歌人 ひなぶりあん-あかんど

1752-1833 江戸時代後期の狂歌師
宝暦2年生まれ。信濃(しなの)(長野県)別所七久里(ななくり)の湯で温泉宿をいとなむ。江戸の鹿都部真顔(しかつべの-まがお)にまなび,地方判者にえらばれる。文化2年(1805)自宅をおとずれた真顔がよんだ狂歌をきざみ,別所に碑をたてた。天保(てんぽう)4年死去。82歳。姓は斎藤別号に七久里山人。
格言など】月花浮世ゆめも見をさめの歌をよみぢの友もなき魂(辞世)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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