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鄭秉哲 てい へいてつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鄭秉哲 てい-へいてつ

1695-1760 琉球の官吏。
尚貞王27年4月15日生まれ。北京の国子監で史学をまなぶ。講解師や尚敬王の侍講をつとめ,1755年総理唐栄司となる。琉球王府編年史「球陽」や「中山世譜」付巻などの編修をおこなった。尚穆(しょうぼく)王9年2月15日死去。66歳。久米村出身。通称は古波蔵親方(こはぐらうえーかた)。和名は伊佐川佑実。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

鄭秉哲

没年:尚穆9.2.15(1760.3.31)
生年:尚貞27.4.15(1695.5.27)
18世紀の琉球国の上級役人。久米村(対中国関係の専門集団,唐栄とも称した)出身者。琉球名では古波蔵親方とも称した。生涯に6回,清国へ留学生(官生)や進貢使節,漂流中国商人の送還などの目的で渡った。日本へは1度,尚敬39(1751)年に儀衛正(使節行列に際し,進行・路次楽を管轄する)として江戸上りを務めた。漢学に優れ,学校所の教師(講解師)や正史『球陽』(国初から尚敬王代ころまで),『中山世譜』などの編纂に携わった。久米村の要職である長史を同22年に,そして尚穆4(1755)年には総理唐栄司を務めた。それらの功績により三司官座敷の位を与えられた。

(豊見山和行)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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