デジタル大辞泉 「醇親王載灃」の意味・読み・例文・類語 じゅんしんのう‐さいほう〔ジユンシンワウ‐〕【醇親王載灃】 [1883~1951]中国、清の皇族。光緒帝の弟。義和団事件の謝罪使として渡独。長子の溥儀ふぎが宣統帝として即位後、摂政となり、清朝の延命に尽くしたが、辛亥しんがい革命で引退。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例 Sponserd by
精選版 日本国語大辞典 「醇親王載灃」の意味・読み・例文・類語 じゅんしんのう‐さいほうジュンシンワウ‥【醇親王載灃】 中国、清の皇族。光緒帝の弟。義和団事件の謝罪使として渡独。長子の溥儀(ふぎ)が宣統帝として即位後、摂政となり、清朝の延命に尽くしたが、辛亥革命で引退。(一八八三‐一九五一) 出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例 Sponserd by
旺文社世界史事典 三訂版 「醇親王載灃」の解説 醇親王 載灃じゅんしんのうさいほう 1883〜1951清末期の皇族醇親王奕譞 (えきかん) の第5子。光緒帝の異母弟。宣統帝溥儀 (ふぎ) の父。義和団事件の謝罪使としてドイツに行き,のち軍機大臣として西太后 (せいたいこう) を助けた。宣統帝の即位後,監国摂政王となり,辛亥革命で引退。 出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報 Sponserd by