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里正 りせいli-zheng; li-chêng

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

里正
りせい
li-zheng; li-chêng

中国,古代の村長。漢代以来「里」が農民集落の基本単位をなし,隋・唐代には 100戸が1里と定められ,各里に長として里1名がおかれた。彼らは県の任命を受けて公務伝達にあたったほか,里内の治安維持,公課徴収に責任を負わされた。補助官吏である雑任の一種であったので,一般丁男にかかる課役は免除されていたらしい。宋初には郷に里正がおかれたが,やがて戸長と改称され,明代には 110戸の里ごとに里長がおかれた。

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デジタル大辞泉の解説

り‐せい【里正】

郷里制(ごうりせい)の里の長。
庄屋。村長。
「神輿(みこし)をふるに所なし。―にうたへて、一日門を開かんことをいふ」〈胆大小心録

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大辞林 第三版の解説

りせい【里正】

律令制下、715年施行の郷里ごうり制の下における里の長。 → 郷里制

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世界大百科事典内の里正の言及

【郷里制】より

…律令制における地方統治制度。京師以外の地方諸国を国・郡(大宝律令以前は評)・里の行政組織をもって統治し,1里を50戸で構成する制度は,遅くとも浄御原令施行のころにはすでに実施されていたが,715年(霊亀1)の式により,従来の里を郷と改め,その郷の下部単位として新しく1郷に2~3の里を設け,郷には郷長,里には里正を任ずることとした。これを郷里制とよぶ。…

【徴税請負】より

…【佐藤 次高】
【中国】
 中国では徴税請負が公式な制度となったことはない。近世を例にとった場合,政府は行政の末端として組織した村落機構の役員である里正あるいは里長,また租税徴納のために任命された明代の糧長などに徴税の責任を負わせ,彼らも定められた税額を確保するために手段を尽くし,ときには税額以上のものを徴収して私腹に入れることもあったから,これを徴税請負とみなす見解もある(里甲制)。しかし里正らは徴税の仕事を通じて利益を得ることを認められているわけではなく,逆に税額確保のためには個人的損失をともなうことの方が多かったと考えられる。…

【村】より

…こうした行政村は,唐においては国家の基本法典である律令に規定されていて,それによれば百戸を里(都市では坊といい,むらでは(そん)と呼ぶ)とし,五里を一郷とする。里・村には里正・村正が置かれ,戸口調査,悪事の検察,農事奨励,租税徴収などを担当させるというものであった。明・清時代に採用された里甲制は110戸を一里とし,そのうち十戸を里長戸,残りを十戸ずつ十甲に分けたもので,本来はその里長・甲首を輪番で租税徴収に当たらせようとするものであった。…

※「里正」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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