重仁親王(読み)しげひとしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「重仁親王」の解説

重仁親王 しげひとしんのう

1140-1162 平安時代後期,崇徳(すとく)天皇の第1皇子。
保延(ほうえん)6年9月2日生まれ。母は兵衛佐局(ひょうえのすけのつぼね)。永治(えいじ)元年親王となり,のち三品(さんぼん)をさずけられる。久寿2年(1155)近衛天皇が死去したとき皇位をつぐ立場にあったが,後白河天皇即位によりはばまれる。保元(ほうげん)の乱ののち,仁和寺出家。応保2年1月28日死去。23歳。法名は空性(くうしょう)。

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367日誕生日大事典 「重仁親王」の解説

重仁親王 (しげひとしんのう)

生年月日:1140年9月2日
平安時代後期の崇徳天皇の第1皇子
1162年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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