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野中婉 のなか えん

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美術人名辞典の解説

野中婉

土佐、野中兼山の女医を業とする谷重遠に学び詩歌書をよくす。享保10年(1725)歿、66才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

野中婉 のなか-えん

1660-1726* 江戸時代中期の医師。
万治(まんじ)3年生まれ。野中兼山の4女。父の死後,追罰により土佐(高知県)宿毛(すくも)に幽閉される。元禄(げんろく)16年ゆるされて郷里の土佐高知にかえり,開業。儒学を谷秦山(じんざん)にまなび,詩歌,書にもすぐれた。享保(きょうほう)10年12月29日死去。66歳。号は安履亭,賁趾亭,柳陰。著作に「おぼろ夜の月」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

野中婉

没年:享保10.12.29(1726.1.31)
生年:万治3(1660)
江戸中期の医者。土佐藩(高知県)首席家老野中兼山の4女として高知に生まれる。寛文4(1664)年3月3日,父の追罰により母兄弟姉妹と共に宿毛に幽閉される。獄中で長兄や3兄より国学,漢学,本草学を学び,のち国学者谷秦山に学ぶ。元禄16(1703)年男系絶滅により赦免される。旧臣をたより高知城下朝倉に住み,秦山に師事しつつ漢方医として生計をたてる。藩主の命じる結婚を拒み,眉を落とさず歯を染めず生涯独身。籠で往診の途中,藩主の若君の籠に出会い,下籠を命じられるも下りず行かせた。藩主の権勢に生涯屈せず生きた。見事な消息文(高知市民図書館蔵)を遺す。60歳で30歳の肌の美を保ったという。

(大原富枝)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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