野口保(読み)のぐちほ

日本歴史地名大系 「野口保」の解説

野口保
のぐちほ

鎌倉―南北朝時代の保。文永一〇年(一二七三)一〇月日の伊和社神官講衆等愁訴状(伊和神社文書)によると、伊和いわ神社(現一宮町)最大の神事である六月会に際し、野口保雑掌らがにえ(揖保川)を汚したため、伊和社神官が野口保へ出向いて清祓を要求した。田所の高次郎は承服したが、公文恒利らは逆に伊和社の神戸かんべ(現一宮町)に侵入して神輿・神宝を打壊し、神官・講衆を傷つけるなど狼藉の限りを働いたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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