金巻村(読み)かねまきむら

日本歴史地名大系 「金巻村」の解説

金巻村
かねまきむら

[現在地名]黒埼町金巻・大野(おおの)

木場(きば)村の北東、西は鳥原(とつぱら)新田、北は鳥原村。集落は中(なか)ノ口(くち)川左岸の自然堤防上にある。正保国絵図では高二五〇石余で新発田藩領であるが、正保二年(一六四五)の溝口内記領分郷村高辻帳(新発田市立図書館蔵)には高二五六石三斗余。以後明治に至るまで溝口氏池之端領。旧高旧領取調帳では高五〇八石余。当村では近世を通じて排水路がなかったため黒鳥(くろとり)村・木場村へ願って放水を行っていた。明治三五年(一九〇二)頃から排水路の掘削運動が開始されたが、排水路用地にあたる木場では軒前制による地割がきちんと行われていたため、掘削によってたとえ少ない歩数の耕地が削減しても作徳米に影響が出ること、また大潟に排水することによって潟の増水のため周辺耕地に支障が出るなどの理由で反対された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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