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金森重頼 かなもり しげより

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美術人名辞典の解説

金森重頼

江戸初期の大名。飛騨高山藩主。可重の子、宗和の弟。通称は左兵衛・長門守・出雲守。徳川家康に小姓として任え、大坂冬の陣に従軍した。父の遺領を継ぎ第三代高山藩主となる。新田開墾・銀山の開発採鉱を行い藩財政の安定を計った。寛永の飢饉の際には、伝来の家宝茶器雲山肩衝を売り藩士・農民の救済にあてた。茶の湯に精通し、和歌・連歌も能くした。慶安3年(1650)歿、57才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

金森重頼 かなもり-しげより

1594-1650 江戸時代前期の大名。
文禄(ぶんろく)3年生まれ。金森可重(よししげ)の3男。金森宗和(そうわ)の弟。駿府(すんぷ)(静岡市)の徳川家康に小姓としてつかえる。大坂冬の陣に活躍。元和(げんな)元年(1615)飛騨(ひだ)(岐阜県)高山藩主金森家3代となる。鉱山開発などに力をそそぎ,寛永8年の飢饉(ききん)には家宝の茶器をうって領民をすくったという。慶安3年閏(うるう)10月7日死去。57歳。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

金森重頼

没年:慶安3.閏10.7(1650.11.30)
生年:文禄3(1594)
江戸前期の飛騨国(岐阜県)高山藩主。金森可重の3男,母は名古屋因幡守高久の娘。茶人金森宗和の弟。左兵衛,長門守,出雲守。慶長13(1608)年徳川家康の小姓として仕え,元和1(1615)年家康の命によって父の遺領を継ぎ,第3代高山藩主となった。新田の開墾をすすめ,川上,小島,白川郷の鉱山,神岡,茂住の鉱山を開発採鉱させ,藩財政の基礎固めをはかった。祖父,父につづいて茶の湯をよくし,小糸焼の陶窯を初めて作らせたりしたが,寛永の飢饉には,伝来の茶器雲山肩衝を売って,領民救済の資金としたという。<参考文献>『岐阜県史』通史編近世上

(高牧實)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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