日本大百科全書(ニッポニカ) 「鉈彫り」の意味・わかりやすい解説
鉈彫り
なたぼり
木彫像の造像法。鉈彫りの名はあるが鉈で仕上げるわけではなく、素木(しらき)の像の像身の表面(主として衣の部分)に丸鑿(のみ)の縞(しま)模様の彫り痕(あと)を規則正しく残す木彫技法。またこの技法でつくられた木彫像をもさす。一般の木彫でもこの状態の工程を経て仕上げをするが、仕上げ前の小作(こづくり)の段階でとどめた状態のものをいう。そのためこれを未完成像とする説もあるが、鑿痕が意識的と思われるものが多く、時代的にも地域的にも遺品がほぼ偏在しているため、木彫の一様式とみる説が有力である。
その分布は関東一円にもっとも多く、最北は岩手県の青森県境に近い天台寺の聖観音(しょうかんのん)立像で、ほか県下に数点散在しており、西は愛知県常滑(とこなめ)市にある高讃(こうさん)寺の聖観音像、日本海側では富山県高岡市射水(いみず)神社の神像などで、いわゆる東国に限られている。また制作年代も、早い作例では神奈川県宝城坊の薬師三尊像(10世紀)、同県弘明(ぐみょう)寺の十一面観音像(11世紀後半)などがあるが、平安時代後期にそのほとんどが集中しており、鎌倉時代まで下るものはまれである。
作例が相当数あり、素材に硬木材が多いことも造像技法とする説を裏づけている。彩色・漆箔(うるしはく)は施されず、素地のまま仕上げられ、鑿目は時代の上るほど深く規則的で、下るにつれ浅く不ぞろいなものが多い。都の洗練された優美な像と異なり、荒々しく粗野ではあるが、独特の持ち味を備えており、当時の東国人の美意識が生んだ様式といえよう。なお、近世の円空の作品も「なたばつり」つまり鉈彫りともよばれている。
[佐藤昭夫]