日本歴史地名大系 「鎌滝村」の解説 鎌滝村かまだきむら 千葉県:君津市旧周淮郡地区鎌滝村[現在地名]君津市鎌滝荻作(おぎさく)村の東方、小糸(こいと)川左岸に位置する。「かまたき」とも。地内曹洞宗天南(てんなん)寺旧蔵の天正一三年(一五八五)九月銘の額に「周東郡秋元庄狐糸郷鎌滝」とみえ(君津郡誌)、小糸城主秋元氏が華叟を開山として天安護国禅寺(現天南寺)を建立している。同一九年一一月の徳川家康寄進状写(天南寺文書)によると、小糸郷のうち三〇石が天南寺に寄進されている。文禄三年(一五九四)九月一四日の周東郡鎌滝郷検地帳(天南寺文書)では天南寺領分で、田畑四町四反余・分米三四石余。 鎌滝村かまたきむら 和歌山県:海草郡美里町鎌滝村[現在地名]美里町鎌滝貴志(きし)川に沿い、東の赤木(あかぎ)村、西の三尾川(みおのがわ)村に挟まれて位置する。もとは「釜滝」と書いたが、郡内志賀野(しがの)庄に釜滝村(現野上町)があるため鎌滝に変えたという(続風土記)。志賀野庄釜滝村と同様に、貴志川の川床に甌穴があり、地元ではこれを釜といい、これが村名となったものである。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by