鐘崎浦(読み)かねざきうら

日本歴史地名大系 「鐘崎浦」の解説

鐘崎浦
かねざきうら

[現在地名]宗像市鐘崎

鐘崎村の西部にあり、宗像七浦の一(津屋崎町史)漁場江口えぐち村から遠賀おんが波津はつ(現岡垣町)までである(地理全誌)中世から浦として知られていた。慶長三年(一五九八)七月一五日の神保源右衛門尉他山中長俊置兵粮水夫飯米渡状(山中山城守文書)に「箱崎津屋崎江口・鐘崎・山鹿此所々にて請取引渡し候也」とあり、同一〇年八月二五日の黒田長政掟書(新訂黒田家譜)に鐘崎がみえ、中世に引続き浦として把握されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む